F先からの手紙

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2012年12月5日
 ポピュリズム
 「人気者」と「人気取り屋」とは、どう違うか。「人気者」はおのずと人々を引き寄せる。「人気取り屋」は甘言で人々を引き寄せる。大衆が、この両者を厳密に区別している限り、民主主義は安泰だ。だが、この境界線があいまいになって来ると世の中は怖くなっていく。
 大衆とは人々だ。市民たちだ。得たいのしれないポピュリストたちが跋(ばっ)こするようになれば、なるほど我々は知的覚醒度の高い大衆でなければなrない。それがグローバル時代を生きる市民たちの姿なのではないかと思う。
 国境なきグローバル時代において、国々はいかにして国益を守るか。この厄介な問題が浮上する中で、人気取り屋たちのトーンは上がる。領土を守れ。国歌を声高に歌い上げろ。自分たちの国は自分で守ろう。いずれも、それ自体として暴論だとは言えない。だが覚醒度の高い大衆は、そのような呼び声が、どのような帰結をもたらすかについて広角視野で考えなければいけない。そして「人気取り屋」たちを諭(さと)していかなければならない。
 思えば思うほど、息苦しい世の中になってきた。グローバル時代において、戦争を防ぐことができるものは、このような大衆の存在をおいてほかにはない。本当の民主主義の道を踏み外さないために、賢い大衆となろう。