教育相談、開設にあたって

   「私、この子のこと嫌いなんです。」
 息子の目の前で、母親から発せられた言葉に、私は目を大きく開き、耳を疑いました。35年間、塾でいろいろな教育相談を受けてきましたが一番衝撃的な言葉でした。と同時にここまで親子を追い込んだ関係性を生み出した家庭環境も考えさせられました。
 
 家で子どもはほめられたくて、大人が望むようになろうと努力しています。本能的に自分の命を握っている人に愛してもらうことが、生きていくために必要なことなのだとわかっているからです。子どもは大人が愛してくれる子どもになろうと一所懸命です。
 けれどもそんな子どもが思春期になるころ、今ここにいる自分は人からほめられることを基準に作ってきた自分であって、自分がなりなかった自分ではないと気づく。これは本人にとってはとても苦しい。自分が生きているという実感がもてないからです。

 一方、学校では教える者と教えられる者が明確に分離され、どのような効率的な教え方をするかを教師は考え、子どもはいかに能率よく知識を吸収するかを学ぶ。その結果、教師と生徒の関係が切れてしまい、子どもたちの心は荒んできます。
 では、学校や親は、混迷を深める今日の子ども問題に、どう対応すればよいのだろうか。

 そのためには、大人は黙って見守り、子どもの成長を信じて、希望を失わず待つことが必要です。自分の行為に関心をもって見守ってくれる人が存在することによって、その子どもに潜んでいた可能性が動きはじめるのです。

 むろん、子どもにも逸脱や混乱や退廃はあるでしょう。黙って見ていられない時はどうするか。その時は子どもたちの前に壁として、大人が立ちはだかるのです。そして、その時に大切なことは、大人は不退転の壁として立ちつつ、それはもしかして新しい発展への妨害であるかもしれないという二面性を意識していることが必要です。

 ところで、人は誰しも子どもから大人へ思春期を経て成長していきます。でも大人は自分にも子ども時代があったことを忘れています。

 私は35年間、塾で子どもからも、親からも本音を言われる存在であり続けて来ました。
 この相談室で子どもの本音を引き出し、親の希望をきき、その良き調整役になれたら、と思っています。
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