山下由美子の山森(やまもり)ばなし
        


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コラムについて  この「山森(やまもり)ばなしは2001年1月から始まって現在まで続いています。当時より私塾「丹誠塾」の講師、山下由美子が塾生や保護者、卒業生にむけて、塾での日常や体験活動などの報告、子ども観、教育観などを気ままに書かせていただいておりました。
 2013年4月よりはホームグラウンドをNPO遊学会におき、引き続き、「山森(やまもり)ばなし」を公開させていただきます。内容は山下由美子の日常から教育論まで。
山下由美子について NPO遊学会の上石神井事務局担当者。自然体験、科学体験担当。
他に重度障害者介助事務所にて事務職員として勤務。

2013年12月29日
 「甘味論争」
 先日、フクシマと娘と3人で「本むら庵本店」へ行きました。娘の休日と私の休日が合う日がなく、たまたま先週の木曜日に休日が重なりました。パン屋の年末年始の営業がイレギュラーになるので、実現した一致でした。前々から娘の希望もあり、館山にタカラガイを拾いに行こうと話が決まっていましたが、あいにくの雨の予報。遠出をあきらめて、近場で買い物や食事を楽しむことになりました。
 ランチは西荻の「本むら庵本店」。蕎麦が好きになって、二人でよく行く蕎麦屋の一つです。そこで、お庭の紅葉を楽しみながら、昼のひとときを過ごしました。ロシアからの取材クルーが来ていて、いろいろ質問しているテーブルが隣にあり、私たちにも取材へのことわりがありました。ロシアの人たちに日本の蕎麦をどういう風に伝えるのか興味深く聞いていました。ロシアの人が「年越し蕎麦」の質問をしています。なにか、特別に「年越し蕎麦」という料理があると勘違いしているようです。お店の人は「特別にはありません。年越しに蕎麦を食べる習慣があるという意味です」と答えていました。お店の人の堂々たる受け答えに老舗蕎麦屋の自信がうかがえました。

 さて、本題。料理を楽しんだ後はフクシマと娘はデザートで「蕎麦しるこ」を頼みました。
 ←これがそれ。
 二人は甘味でしめて満足。このしるこを見て、昔の「論争」を思い出しました。

 今から、12〜3年ほど前、年末に田舎の母が上京し、私たちの冬期講習の繁忙期を手伝ってくれていた時期の話です。年末の大掃除、正月の準備、子どもの世話などを母が手助けしてくれたので、二人して受験生中心の冬期講習をこなすことができました。
 塾で「しるこセット」をいただき、フクシマが食後食べようとしていました。最中(もなか)の皮に入っている粉をお湯にといてしるこをつくれという説明があります。作ったものは左の椀のような形状となり、まさしく、しることなっていました。しかし、フクシマが不満げに「これはしるこじゃない」というのです。
 人参、白菜、カリフラワー、ほうれん草を残すのみ。来年も続けて体験農園やる予定。  フクシマ曰く、しることはもっと小豆でねっとり、ぶつぶつしている・・・・と。私は「それはぜんざいでしょう。」と。
 「いやいや、ぜんざいはさらさら、しるこはぶつぶつ。」私は「ぜんざいはぶつぶつ、しるこはさらさら。」もちろん、母は私派。フクシマも今までの自分の理解を主張し、論争がどんどん加熱しました。その後、いろんな人に「しるこ、ぜんざい」について聞きました。どっちも区別してない人もいて、甘味論争は決着せずに本日を迎えています。
 しかし、「本むら庵本店」の「蕎麦しるこ」はさらさらの甘い汁に蕎麦だんご、そして独立した小豆がぽつぽつ混入。私派の形状。今となってはフクシマも甘味論争を再燃させる気配もなく、「この塩昆布がついてくるのが渋いね。しるこにあうよ。」と絶賛していました。

 まあ、なんと年末に脳天気な話題と思われるでしょうが、こんな風に穏やかに年を納めることができて、幸せと感じます。皆様、良いお年をお迎え下さい。今年一年、拙いコラムを時々のぞいて下さり、ありがとうございました。来年はグリーフケアという新しい企画を遊学会で計画しております。遊学会の公式ホームページも新しくなっており、こちらもご訪問くだされば、有り難いです。
 

2013年12月15日
 「穏やかな朝」
 前々から購入していた器を今朝、使い始めました。
 コーヒーのマグです。実際はカップ&ソーサーの形で購入していたものですが、初めからマグとして使おうと考えていました。ソーサーの部分は独立して、銘々皿として使う予定です。(お客さんをした時のために、奮発して6客購入してあります。)
 
 作家は多治見の「渡辺均矢」さん。彼の作品は磁土の表面に線をかき、その溝に呉須という青い顔料を入れて、焼成した『象眼』という技法で作られたものです。作図のユーモラスさと青白磁の清廉さにひと目で惚れ込んだ私でした。出会いの場は山梨の小淵沢。『土間』という現代作家をたくさん扱う食器屋さんでした。8年前、他の作家さんには目もくれず、渡辺均矢さんの器を、お財布と相談しつつ、買って帰りました。なぜだか強く引かれたのを覚えています。その後もお財布と相談して、少しずつ購入して、我が家の食器棚の一等地を独占しています。楕円の小皿が秀逸。
 古伊万里の青い器ともよくマッチするので、毎日使っています。
 そして、カップ&ソーサー6客をネットで注文して、長い間しまってありました。いつか、落ち着いたら、出して使い始めようと思いつつ・・・。

 今朝になって、急に「そうだ、あのマグで飲もう」と思い立ち、仏壇の下の収納棚より、出してきました。
 手に馴染み、持ち手の感触が狙い通りで満足しました。フクシマも「ちょうど良い大きさ」と評価しています。
左が渡辺均矢さんのマグ。右は12〜3年前に塾生のお母さんからいただいたDENBY。洋物にはあまり興味のないヤマシタですが、イギリスのDENBYは別。釉薬が好きで、塾を閉じるとき、引き取って帰ってきました。  手の中にすっぽり入り、持ち手を持たないでコーヒーを飲んでいることに気づきます。
 これからはこの器で鶴岡コフィアのコーヒーを飲んで、穏やかな朝がスタートします。

2013年12月8日
 「染めが先か、編みが先か・・・・」
 昨年の土日は体験活動の準備と実施に明け暮れていましたが、今年はゆっくり休日を過ごしています。少しずつ家も片づいていき、住みやすくなってきました。フクシマと娘の部屋以外は自分のコントロール下に置くことができ、不要品の整理も一段落してきました。そして、10月ごろより、編み物のシーズンがスタートしています。乳児と幼児の小さなベストを2つ、ネックウォーマーが2つ、私のベストを2つ・・・。このベストの一つは色が気に入らなくて、ほどいてしまいました。
 そこで、出してきたのが「染めた毛糸」。昨年にかせで買って、タマネギと桜などで染めて、いつか編もうとしまってあったものです。
 昨年まで、気に入って編んでいたハマナカ、コロボックル糸。なんだか、物足りない感じがしてきました。色は多彩で楽しいのですが。  出してきたのが、昨年染めた糸(玉葱?)。一つはナイロンが入っているちぢれ毛糸。一つは純毛の毛糸。これを2本取りして使っています。  ネットで買った生成の毛糸。純毛で、ひとかせ240グラム。これで900円程度。中細というけれど、結構ボリュームあり。  染めの工程で温度に留意しましたが、フェルト化してしまいました。液の中でこすれるのが原因らしい。  撮りためたドラマをみながら、チマチマ作業。毛糸を一本一本、独立させました。この作業も楽し。  上はコーヒーで。下は水漬けで余ったサクラの葉っぱで染めました。時間が経つとどんどん色が変わります。
 ひとかせでこれだけ。子どものベストなら軽く編める量。もっかの課題はフェルト化。どうしてもなってしまう。なるべく、低温で揺すらずに、かつ短時間で染めるしか手はないようです。
 
 編んでから染めようかとも考えましたが、それなら染めたらサイズが縮むという最悪な事態になるのでは・・・・と躊躇っています。あれこれ考えるのも楽しみの一つ。今年の年末年始は休みがたっぷり。自宅で過ごす予定なので、染めが先か編みが先かを、たっぷり試行錯誤してみようと思っています。

2013年12月1日
 「師走ですね」
 もう12月になってしまいました。これであと1ヶ月で2013年もおしまいです。今年は娘が退職して実家に帰ってきたので、3人の生活が戻ってきました。息子も役所に近い所に引っ越し、新しい生活が始まりました。引っ越しを7月、10月と経験し、不用品がたくさん出たので、使ってくれる方を探しました。驚いたことに娘も息子も同じ無水両面加熱のガスコンロを使っていました。実家のビルトインを見ていて、両面で焼き鳥が焼ける優れものを真似して購入していたようです。もちろん、据え置き型ですが、一人暮らしには贅沢なガスコンロでした。
 
 さて、山森話にふさわしい森の話題です。
 先日、大菩薩の登山口付近をうろうろしてきました。体力が付いてきたか、山を歩いてみたのです。フクシマも私も以前より山歩きの速度が速くなっていました。いつもは40分かかって登って休憩する沢がありますが、今回は30分で着いていました。全然苦しくなく、どこまでも歩けそうな気がしました。毎日のウォーキングや腹筋運動のお陰のようです。
 そこで、気が付いたのですが、栽培のわさび田が荒れているのです。いつもは沢の端に黒いクロスで目隠しをして栽培しているわさびですが、わさびの姿がないのです。地元の人に聞くと、「イノシシやシカの食害でほとんどやれてしまった」そうです。山に食料が不足してのことなのか、野生動物が増えすぎたのか・・・。日帰り温泉でいつも、わさびの茎を販売していましたが、仕入れが入ってこないとぼやいていました。わさびの茎が大好きな私たちはとてもがっかりしました。
沢井の酒蔵でしぼりだてを購入。その庭の紅葉。 いつも休憩する沢。清流は変わらない。 山はすっかり、葉を落とし、登山道ではザクザクと音を立てて歩きます。

2013年11月22日
 「特定秘密保護法案」
 とても、恐ろしい法案が通りそうです。
 原発事故や放射能拡散の情報が特定秘密にならない保証はありません。
 
 思い起こすと原発事故後、飯館村などへの放射能拡散情報が一切、国民に知らされていませんでした。
 『文部科学省 緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)』・・・・。役人たちは知ってて知らさないことを選びました。

 本当に国民は何も知らされず、風下の住民たちは反対に線量の高いところへ避難して、被爆しました。その住民たちを回って、「ここは線量が高いから、もっと安全な場所に行きなさい」と学者が自前の車を走らせて、警鐘をならしつつ、調査するNHKの番組がありました。
 すごい憤りをもって、この番組を見ていました。『知ってたら、教えてよ・・・・そのために税金を使って準備したのでしょう・・・』。以前のコラムに書きました。
 もしかしたら、このSPEEDIの情報非公開に意を唱えることがタブーとなる社会が到来するのでしょうか?

 経済を重視し、安全を二の次にしていく道を歩んでいる感じがしてなりません。「原発を軽々に全廃というのは無責任な態度だ、というが、最終処分場も決まらないのに存続させる方がよほど、無責任でしょう」。こう発言する小泉元首相を支持したくなります。今まで苦手だった人ですが。

 こんなにノンポリの私がコラムに一言、書かせていただきました。背筋が寒くなったのは、寒波のせいだけではないようです。

2013年11月16日
 「絶好調の落とし穴」
 この週の初めは寒さも厳しく、朝歩くのも辛いかと思いきや、足取りも軽くスイスイ農園まで歩いて、青虫を駆除して、またカツカツ歩いてとなり駅から出勤していました。フクシマも同じで、昼間、長距離の散歩を楽しんでいたようです。さすがに夜明け前から公園に向かうわけにはいかず、公園の友人には「医者から気温が上がるまで外出しないように、寒さの中の外出はストレスになるからとアドバイスされた」と告げて、「春まで早朝にはお目にかかれません」と挨拶したようですが・・・。
 調子よく一週間をスタートさせた絶好調の私達は別々の場所、別々の時間で、なんと、ウォーキングのみならず、ジョギングを始めていました。なぜか、走りたくなったのです。そして、水曜日夕、フクシマは足のむくみ、わたしは腰痛のプチ再発に至りました。不調はお互いすぐわかります。ジョギングしていたことを告白し合い、時期がピッタリ一緒だったこと、とても絶好調で走りたくなったこと・・・・を確認し、驚きました。そして、「これからはどんなに気持ちよくてもウォーキングにとどめておこう」と強く誓いました。

 今は安静にしたお陰で不調も去って、普通の生活に戻っています。

 その安静な日に読んだ本を紹介します。「腐る経済」。田舎でパン屋を開業する顛末をマルクス資本論とからめて、巧みに社会情勢を論じながら、表現しています。作者は渡邉 格(いたる)さん、講談社刊。珍しく新刊本をアマゾンで購入して2〜3日で読みました。

 夜明け前に出勤していく娘の姿を見つつ、「パン屋は厳しい仕事だな」と感じているので、買ってしまいました。果たして利潤を追求しない「小商い」のパン屋を娘が目指すかどうかは、分かりません。
←お勧めの一冊。ここでは「腐る」ことを好ましいこととして表現しています。 最近の出来事ひとつ→  階段右にぴったりはまっていた流木(千倉海岸産)にウエストバックなどをひっかけてフクシマが重宝していました。が、先日滑り落ちました。下のコンセントを破壊し、修理に5250円を要しました。
 →は滑った流木。3メートルはあるので、切って山荘に移動する予定。

2013年11月5日
  「苗場は冬じたく」
 連休を利用して、西尾夫婦と山荘に滞在しました。
 1993年7月にオープンして、20年を超えました。昨年の冬はライラック(水抜き)やボイラーが故障して、あわてる場面が多くありました。今年は西尾氏のメンテナンスのおかげで快適に使えそうです。
 四人で過ごす山荘は久しぶりで、おりしも日本シリーズの夜にあたり、西尾家の二人は興奮状態でした。フクシマはいつものように8時過ぎには就寝し、ヤマシタはハイボールを飲みながら、二人をウォッチングして楽しんでいました。他人のためにあれだけ親身に応援できるのは「美しい心の持ち主」かと感じてしまいます。

 さて、美しい画像をお土産にご紹介しましょう。
「宿場の湯」横の公園。赤いのはナナカマド。 山荘まわりはカラマツの紅葉の盛り。左は雪よけシートを設置する西尾氏。 山荘に西尾氏を残し、渋滞の前に三人で出発。これは、高崎で蕎麦屋に入って休憩しているところ。

2013年10月27日
  「化石発掘体験」
 10月20日は降り続ける本降りの雨を恨めしく思いながら、家で過ごしていました。数少ない遊学会の雨天順延のイベントでした。
 ヤマシタは無類の晴れ女。この35年、雨天中止や順延はほとんどなく、覚えている限り2〜3例です。ところが、この連続の台風の襲来に、化石体験は予定通りできませんでした。5名ほどの順延不参加の申し込み者を出してしまい、とても残念でした。順延していけなくなった人、また次の機会にね。
 
 ところが、10月20日を過ぎれば、晴天が回復するのか・・・と思いきや、木曜日からもっと悪天候が予想される事態となり、非常事態となってしまいました。そこで、フクセンは雨の来ない水曜日に現地に向かい、増水する多摩川から、母岩を取り、移動するという判断をしました。伊藤くんに手伝ってもらい、暗い曇り空の下、多摩川「小宮層」の母岩を「むさしの化石塾」へ運びました。快く申し出を受け入れて下さった代表の福嶋先生に心より感謝します。
 
 そして、台風はアベックでやってきました。台風の進路によっては増水もなく、現地で化石体験を実施できる可能性もあると思って、推移を見守っていましたが、雨は降り続き、土曜日に雨が上がって現地に行った私たちを待っていたのは、さらに増水し、人を寄せ付けない激しい多摩川の水量でした。
 「もう、むさしの化石塾の研究所で体験するしかない」と判断するのに時間はかかりませんでした。画像をおさめ、本日、田無駅に集合した子どもたちに画像を見せて、「川はこういう状態なので、化石塾の研究所で体験することになりました」と伝えました。

 こういう経緯で、初めて河原以外で体験する化石発掘体験はスタートしました。
  
 まずは水曜日、フクセンと伊藤君が運んだ母岩をジャンケンで分け合い、各自のハンマー、タガネで割る作業が始まりました。化石が出てくると、すぐ福嶋先生に同定してもらい、フクセンにラベルをもらいます。必要があれば、その場でボンドでコーティングします。乾くのが早く、安心してビニール袋に入れてリュックにいれることができます。初めての体験です。いつもはざらざらした石のまま帰宅したいたのですが、クリーニングしてコーティング済みのものが、きちんとラベルをつけて持ち帰ることができます。
 生痕(せいこん)化石は貴重な化石です。生き物そのものではありませんが、生き物がどんな風に生きていたかを残す貴重な証の化石です。子どもたちは福嶋先生の「ゴカイのような生き物がこの中で生きていた名残の穴がこの部分だよ。丁寧に他の土をのぞいてごらん。いい生痕化石がとれるよ。」という声かけに熱心に作業を続けていました。
 
 急遽、多摩川の現地から、かせき塾の研究所に場所を移して実施された「化石発掘体験」です。たくさんの子どもたちのワクワク体験を作り出して、晴天の中、終了しました。
むこうの岩とこちらの岸は普段は水がなく、乾いているところ。これだけ増水すると発掘は無理。 26日午後の雨あがりの多摩川。この増水した下に『小宮層』と呼ばれる地層がある。 むさしの化石塾の研究所に運ばれた『小宮層』の母岩。ここから化石を取り出すことに。 熱心にハンマーとタガネで化石を取り出しているところ。全員の参加者が何かを掘り出しました。 化石塾の研究所は化石の陳列ケースでいっぱい。説明を聞いてるだけでも、楽しい。 生痕(せいこん)化石をクリーニングしているところ。このあと、コーティングしてラベルを付ける。

2013年10月18日
 「復活、朝歩き」
 やっと、朝のウォーキングができるようになりました。
 そして、農園へ。早朝7時過ぎの農園。だれもいない空間は天気も良く、すがすがしいです。
 かがみ仕事がうまくできなかったせいか、青虫のとりこぼしがあり、今朝は白菜の青虫を撃退しました。穴のあいている葉っぱを見つけるとひっくり返したり、隙間をあけたりして、まず青虫のフンを見つけます。フンがあれば必ず青虫がいます。丁寧に点検し、捕殺します。キャベツは一個やられてしまって、小さいものをしかたなく、収穫しました。
 コカブはどんどん収穫しています。もうすぐ、ブロッコリーです。
早朝の農園にて。
2013年10月12日
 「無謀にも山へ」
 といっても、フクシマのお供ですが、小谷(おたり)村へ行って来ました。
 白馬を見ながら、糸魚川方面へ。キノコの先生のMさんの別宅へ泊まらせていただくことができて、今年最初のキノコ狩りをしました。腰痛の私は「小谷道の駅」で待機。併設の温泉に入りながら、二人を待っていると、満悦顔で帰還する勇姿がありました。雑木林をアタックした二人は、ちょっと流れがかったイグチはたくさん見つかったものの、満足せず、次のアタックで大きな新鮮なナラタケのシロを発見したという。虫のほとんどない軸の真っ白の大量のナラタケを持って二人が帰ってきました。Mさん曰く、「土からでるナラタケより、木から出ているもんがいいね」
 ラッキー!
 その後、Mさんの別宅でキノコの下処理に約二時間。腰のことも忘れ、ひたすら洗っていました。即、密封→冷蔵。

 そして、金曜日、事務所で野生きのこを披露。野生ナラタケと栽培キノコ(信州中野のオランチェで購入)の二種のキノコ汁を作って、若い人にご馳走しました。彼らのほとんどは初めてナラタケ体験・・・・。たくさんの感想をいただいて、用意して良かったなと満足したヤマシタでした。「地味だが、うまい」「食感が初めて」「だしがうまい」「ふかひれみたい」「汁が独特」「これが野生か・・・」・・・・。
 初めてのナラタケ体験組の他に「懐かしい〜、昔から大好き。」という経験組もいて、食の共有のできた楽しい金曜日でした。

 私は実感を伝え合う時間がなによりも好きなので、若い人から食の感想をいただいて、大満足でした。


 元気のある限り、美味しいものを伝え合い、共有したいと思っています。
← Mさんの軽トラ荷台のナラタケ。大量かつ新鮮。明日から、苗場山荘のキノコツアー、このナラタケを使ってキノコソース(カリカリ鶏肉にかける)を作る予定。他にキノコのマリネ、キノコ鍋、煮物など・・・。

2013年10月2日
 「リハビリ中」
 駅から自宅までの600メートルを歩いています。

 先日、東久留米のイオンモールに「好日山荘」があるというので、出かけて山歩き用のストックを購入し、両手をあけて歩くことにしました。

 歩いてみて、一番、驚いたことは道路の傾斜です。駅までゆっくり、2本の脚と2本のストック、合計4本で歩きます。今まで全然気にならなかった道路の傾斜・・・・。激しく感じるのはなぜでしょう?この傾斜があるから、道路中央に水たまりができずに脇にながれていく仕組みです。でも、健康な時にはその傾斜を体が吸収して意識もしていなかったのですね。
 まず、朝から自宅でひたすら体操をして、歪みをとり、4本歩行でリハビリ歩行をします。

 今日のように雨となると、レインコート着用でやはり、両手をあけて歩いてます。ゴアテックスのレインコートにリュックカバーは必需品です。

2013年9月26日
 「腰痛、その後」
 なかなか、回復の感じがぎっくり腰ほど速度がなく、ゆっくりと回復しています。
 「アイテテ・・・」となって、約2週間で杖を介助事務所に返しました。今は骨盤ベルトを締めて歩いています。最後の左右のひねり動作に痛みが残っていますので、駅までの歩行が辛いだろうと、フクシマの送迎で仕事に行っています。助手席は後ろにそる感じになるので、重役のように後部座席に座っています。

 そんな中、秋の農園講習があり、フクシマが私の代わりに鍬をふるってくれました。娘は仕事に就いたので土曜日の農耕は無理になりました。
 聖護院大根の発芽が悪く、他の間引きの大根を移植しましたが、望み薄のようです。人参は丈夫に育って、先日150本の間引きをして、120本を残しました。間引き人参は事務所でみなさんに「珍しいでしょ」といって、分けました。

 早く、全快して、毎日歩いて農園に寄って仕事に行くスタイルに戻りたいです。体重を落とし、腹筋をつける作戦は続行中。でもなかなか難しいです。
手前が人参。向こう側はキャベツ、ブロッコリー。 間引いた人参。うちでは野菜スープに。そのまま食べても美味しい。

2013年9月18日
 「腰痛・・・」
 長時間の車移動が引き金か、先週の半ばから腰痛が悪化しました。突然やってくるぎっくり腰とは一味違う、「ひとくせあり」の腰痛だったので、土曜からの連休は腰中心に生活しました。
 ひたすら、操体法と安静。腰に負担をかける姿勢を一切しないで、痛むことを避け、時間があると「腹式呼吸」を繰り返していました。フクシマの一日4〜5回のマッサージ、食事は野菜スープ中心。ひたすら、これを続けて台風が去った後のように腰が快晴になったかというと、なかなか、しぶとい・・・・。やっと、痛い姿勢を体が覚え、ゆっくり、楽に動けるようにはなりましたが、ダンスを踊るほどにはなりません。「歩き方を見ると、ちっともよくなっていない」と知らない人は言いますが、自分の体感が全然ちがいます。フクシマも「ずいぶんよくなった、左右はまっすぐになった。あとは前後だね」と。

 そして、本日、整形外科に行ってみました。狭い階段を上がって、受付開始まで、外で立って待ちました。受付9時開始とあるので、9時5分前に行って、たっぷり50分待ちました。ありえないことです。腰痛が悪化してすぐ来なくてよかった、こんな立ち姿勢は今だからできるが、当初は5分も無理。
 そして、リリーフランキーに似た先生に診ていただきました。彼は患部に注射を打って、痛め止めと胃腸薬を処方し、MRIを勧めます。レントゲンをその場でとってくれると思って、医者に行ったのに、後日に別の病院でMIRを勧められても、困りました。
 ちょっと、びっくりしたことは、歩行が楽なように介助事務所から杖を借りてクリニックに行きましたが、先生も奥様の看護師さんもその杖を見て「ぷっ」と笑うのです。「どうしたの?」って、耳を疑うような質問をしてきます。私の答は「腰痛で歩きづらいので・・・・。」ムカッとするより、医者と看護師が患者の困った様子を見て、「ぷっ」と笑う神経に驚きました。
 私が最後に「先生、これはなんという病名がつきますか?」と尋ねると、「腰痛で、ぎっくり腰でもいいけど、腰椎椎間板症です。寝ててもぎっくり腰になることもあります。きっとねじれたんでしょう、でもすべりじゃありません、足のしびれもないし、足もよくあがるし・・・」
 私が「ヘルニアじゃないんですね、」ときくと、「だから、MRIをすすめるんですよ」と再び・・・。私は「では、様子を見て、またその時はお願いします。」と返事しました。

 さらに、驚いたことがありました。待合室がどえらく、寒いことです。エアコンを効かせすぎて、25度以下の冷風がやってきます。腰痛には厳しい環境。車で待っていてくれたフクシマも報告しました。彼曰く「自分は毎日マッサージをしていて、回復していることはわかっていたけど、整形外科医に重い病気をいわれなくてよかったじゃないか」

 フクシマはさらに、「これから、痛みが去ったら、筋力をつけること、体重を落とすこと・・・」 

 そうか、やっぱり、そうか・・・。

2013年9月8日
 「やっぱり、青森・・・、蔦温泉」
 7月初めの娘の引っ越しから約2ヶ月・・・・。猛暑とあいまって、エネルギーを消耗するパン活(娘なりの就職活動)が続きました。都内のパン屋を父子で周り、味、雰囲気などを『ガン見』していたことは前回で報告しましたね。やっと、中村橋のパン屋にご縁があり、パン活はたくさんのパンを冷凍庫に残し、娘の「やっぱりパンが焼きたい」という気持を確認して、フィナーレとなりました。良かった、良かった。

 そこで、晩夏のオスカマキリのように、へろへろになった両親は東北へ向かいました。

 病を得て約2年となろうとしているフクシマは「毎日一万歩歩いてるし、体力ついたみたい。運転できそうな気がする。」と言い出したので、新幹線じゃなく、昔のように車で蔦温泉を目指しました。100q毎に休憩をとり、身体を伸ばし、無理のない道程で北を目指しました。後で聞くと関東以西は4日より、凄い荒れ方だったようで、びっくりしました。私たちは東北道を北上する一時、志波姫あたりで豪雨に見舞われたくらいで、通過した後の矢板で竜巻があったことなど、知らないで「一路みちのく」をばく進していました。

 蔦温泉は新しいシステムで私たちを迎えてくれました。リーズナブルな値段の本館は雪のために使用不能になっていたので、はじめて鉄筋エレベーター完備の西館に泊まりました。膝が痛いので階段の上り下りから解放されたことは、ずいぶん楽でした。
 泉鏡の湯は加水をしつつ、温度調整をするシステムに変わっていました。今まで源泉から湧いてくるままにしていましたが、お客さんの希望で42度に調節しています。熱いのが好きな私たちには残念なことですが、これも勝手に加水して、うんと低温になってしまうよりマシと納得しました。

 料理はこれは特筆すべきことの一つですが、うんと美味しくなっていました。前回までは一言でいると「素朴」。今回は「板さんがいい」。お酒は田酒。毎晩、料理と楽しんでいました。給仕の女性に「田酒なんて、なかなか手に入らないですよね。」と言うと、彼女が「いいえ、そんなことありませんよ。」と言うので、「アウガの地下には無かったよ。代わりの豊盃を買ったよ」と私が言うと、「うち、酒屋ですけど、これよりもっと旨い、山廃仕込みがあります」。そこから、話が進み、実家の酒屋のことをつっこんで尋ねました。彼女も最後には、胸をはって、実家のことを紹介してくれました。

 そして、翌日青森駅方面に行く前に、反対方向ながら、彼女の実家方面に車を進める私達の姿がありました。田舎の人の10分はあてにならないことは学習済み。途中の酒屋で「田酒ありますか?」と尋ね、もちろん置いてなく、それならと、彼女の実家の「○○酒店」の場所を尋ねました。それから、ウォーリーを捜せみたいに、温泉郷を廻りました。最後にホテルのフロントで地図をもらい、やっと○○酒店を見つけました。お店の入り口に小さな字で「田酒あります」とぶら下がっています。

 「ごめんください」「田酒、ありますか?」と声をかけました。中から、彼女のお父さんとおぼしき男性が出てきて、常温の田酒の前にいる私たちに、気がつきました。薄暗い店内で常温で純米酒の田酒が陳列していました。私たちは「蔦温泉に泊まって、お嬢さんから田酒を扱っていらっしゃると聞いて買いに来ました」と伝えました。男性は「ちょっとまってね」と言って冷蔵庫の前で他の一升ピンを触っています。「これね・・・・」と言って、ちょっと迷っています。山廃仕込みの田酒でした。彼女に教わった、どえらく旨いヤツみたいです。
 彼女のお父さんは話しだしました。「昔、田酒と菊○とを抱き合わせで買わされていたんだ。でもね、おかしいでしょ。田酒だけ売らないんだ。菊○もある年は旨いけど、そうでない年もある。自由に買いたい酒を選びたいよね。お客さんは田酒と一緒に買いたくもない菊○をとんでもない値段で買うことになる・・・。おかしいからやめたんだ。それで、自由に買えるところから入れるようにしたんだ。おら、おかしいとおもったからな。」話は果てしなく続きますが、山廃を分けてもらいたい私たちは静かに聞いていました。「だから、私のところは山廃も他の田酒もみんな同じ値段で分けている。去年の12月に12本仕入れて、でんりょくさんがよく、お土産に買っていくから、最後になってしまった・・・。」でんりょくさんとは東北電力のことらしい・・。
 それを、分けてもらいました。彼女の話は本当で、尋ね尋ね見つけた酒店のご主人は「実直で確実に酒をきき分けるプロ」だと分かりました。

 あまりのことの成り行きに、青森駅方面に行くのはやめにして、流れのまま十和田市に向かいました。そこで以前は通り過ぎた十和田市現代美術館に行きました。企画展、常設展を見て、アートの刺激を受けて蔦温泉に帰還しました。

 大泉IC降りて、我が家に帰る前に直行したところ。そう、農園です。出発前日、人参の葉っぱから9匹のアゲハの幼虫を捕殺しましたが、点検すると大きな幼虫が3匹。取りこぼしがあって成長していたのです。そしてブロッコリーが一つ青虫にやられていて、さっそく植え替えました。
 そうして、ようやく帰宅。長い楽しい東北の旅は終わりました。

 自信のついたフクシマは「来年は北海道に車で渡るぞ」と気炎を上げています。逆に私は出発前から膝の痛みが出てきているので、長旅に自信がなくなりました。どうしたもんでしょう?分かってますよ。体重を落とせば、いいんでしょ。
お昼は定番のフェザン清治郎。回転すしながら、三陸の海鮮が秀逸。これは何度も注文したホッキ貝のヒモ。リズミカルな歯ごたえにビックリ。 初日が娘の初出勤。東北道に現れた虹をラインで送りました。「虹が見えますか?」娘の返事は「見える!」これからのパン職人人生に虹がでますように。 奥入瀬渓流。激しく、たっぷりな水量は見ていて、圧倒されます。なかなか水辺を離れがたく、たたずんでしまいます。この景色を見るために遠くまでやってきています。 現代美術館のカフェ。この空間でお茶する十和田市の市民。この花は終始動いて人目を引きます。草間弥生の作品と大きなおばさん、室外のふわふわの家が圧巻。 東北道途中の花巻南IC近くのJA。母ちゃんハウス「だあすこ」。安くてうまくて、いうことなし。ただ、リニューアルし、鮮魚部門が消えていたことが残念。総菜が薄味でうまい。 那須に寄って、懐かしのベルフルールでキルシュを買ってきました。(向こう側)。手前は娘が新しい職場から持ち帰ったクリームパンなど。

2013年8月25日
 「再びのパン活」
 7月の初めに実家に戻ってきた娘のことです。
 最初はひたすら眠って、友人と2年ぶりに逢って、屋久島へ行って、思う存分、時間を自由に使って、気が向くと吉祥寺ぶらぶらして・・・・。
 これからの行方を尋ねると、「パン屋はもういい!」でした。私たちは娘の整理が着けば、ゆっくり話そうと思っていました。帰ってきた当初は「工場(パン屋さんは厨房のことをこう呼ぶらしい)に入れていても、退職してたよ。」と断言する娘でした。パン屋への拒絶感情の理由が疑問でした。
 
 それが、今から、2週間ほど前に、「やっぱり、パン焼こうかな」と言い出しました。フクシマがすかさず、「そうだよ、焼いてから、パン屋の道にけりをつけなよ。」と。

 それから、半月、再びのパン活が始まりました。記録を見ると1日多いと5〜6件のパン屋を巡っていました。遠くは埼玉県、近くは西荻、吉祥寺。「やっぱり都心、世田谷、渋谷のパン屋はすごい」と帰ってきます。店内のおしゃれ度、パンの味、種類、従業員の雰囲気、工場の様子・・・・、「ガン見」して帰ってきます。全身の神経をとぎすまして「店の雰囲気」を感じてきて、帰ってきてからは、ひたすら食べます。小さくカットしてシールをつけて保存します。いったんは冷凍して、明日の新しいパン屋へ進みます。
 実際、気に入っていても求人があるか、分かりません。娘の気持は「今度こそ、焼くことを目的にパン屋に修行に入ろう、働く条件はあまり、気にしないで、好きなパンを探して、そこで習いたい・・・」に変わって行きました。かくして、我が家には都内の評判のパンが集まることになりました。私の職場に持参して、皆さんに食べてもらったこともありました。

 どうなりますことやら、気に入って、2度目の訪問となるパン屋も出てきています。これからはコンタクト、履歴書の段階に入りました。
カットして味見して、記録保存している所。 「お母さん、娘のパン活ってコラム書いていい?」ってきくと、答えは「いいよ」。

2013年8月20日
 「染め生活」
 2013年夏もたくさん染めました。
 まず、生葉の藍。これは「紺屋藍」も含め、4回染めました。
 次にネットで花びらを買ってベニバナを染めました。私が種まきをしたベニバナは秋蒔きも春蒔きも思ったように育たず、たった4つの花を収穫したのみでしたので、思い切ってネットで購入しました。200グラム2000円弱。ちょっと出費でしたが、思いもかけないピンクが出現。一度は染めてみたかった思いが遂げられました。
 そして、友人からもらったクチナシの実も染めました。300グラムの実をチョキチョキはさみでカットすると鮮やかなオレンジ部分が出現。これは染まるわけだわ・・・と思って絹や綿を染めました。出来上がりはオレンジっぽい黄色。玉ねぎの黄色から茶色をとって華やかにした感じ・・。

 そして、これから夢中になりそうな方向に染め熱は舵を切りました。それは色の足し算です。友人のまねをしてやってみた重ね染め。クチナシの黄色の布に生葉の藍を重ねました。これが5月のセイダカアワダチソウ以上の濃いグリーンとなったのです。黄+青=緑・・・。やっぱりね。これに一部分を絞ったりして、イレギュラーな模様を入れると一つの布で黄、青、緑のおしゃれなものが出来上がります。

 順にたまった画像を紹介しましょう。
ベニバナの液につける時間を変えて、濃淡を出しました。黄色は去っていく色だと学習しました。 生葉の藍をクラッシュして染めて、空気にあてているところ。この後水洗い。 カットしたクチナシの実。今、庭にクチナシを育てているが、程遠い話。 クチナシの液。この黄色の布を藍の生葉で染めると・・・。 空気に触れないように、葉っぱをもみだし、布も空気に触れないよう染める。 足し算完成。あと一度、生葉で染めると黄色の部分はなくなるはず。

2013年8月15日
 「場所を移動」
 もう一つのセンサーを取り替えて、室外機の場所を移動しました。10日から始まった殺人的な猛暑の中、室外機が止まる現象(高圧カットというらしい)への対策です。ベランダのメッシュの前に室外機を置いて、風が対流するようにしました。これからも35度を超える日があると思いますので、出来る限りの対策をしました。
 現在は止まることなく、稼働しています。
 
2つの室外機がわかりますか?
向こう側がダイキン、手前がパナソニック。移動前はダイキンの向こう側にパナソニックが設置されていた。ベランダにはほとんど何も置いてないし、設置基準(前後左右の余裕)は満たしていたが、以前の場所では谷間になって、高温で室外機が止まっていたらしい。ただ、電気屋さんはこの条件で・・・、と首をかしげていた。

2013年8月13日
 「エアコンその後」
 パナソニックの修理担当の方がセンサーを取り換えて帰っていきました。「これで様子を見て下さい」。
 それが昨日の午前中。しかし、外気温が35度を超えると室外機がすぐ停止。冷やすことを機械がやめてしまします。そうなると室温は30度以上になり、たまらない状態になるようです。フクセンはしかたなく、またふたたび街の電気屋さんへ「全然、エアコンが動きません」と連絡。

 どうしたもんでしょう。古いエアコンが昨年、動かなくなったので「もう、修理じゃなく、新調を」と街の電気屋さんに言われ、最強のマシーンを購入したつもりでしたが、猛暑日に使えない最悪のエアコンを買ってしまったと、嘆いています。
 娘の3年目に入ったダイキンは猛暑でも、調子よく作動しています。新品同様のパナソニックは35度超えると作動を止めています。この差はなんなのか?

 画像は我が家のベランダの温度計とすくすく育つ人参。
 
 農園の画像を見て、少しは心を和らげています。
室外機のせいか、我が家のベランダの温度は簡単に40度を超えてしまっています。 人参はここまで、育っています。本葉も出て、人参らしい感じがでてきました。

2013年8月12日
 「お暑うございます」
 もう、土日と最高にうだりました。
 わがリビングの最強パナソニック(エアコン)が外気温度を40度を記録し、室内温度が30度より下がらなくなってしまいました。時々温風もでます。室外機の過度な高温で、熱交換が不全になっているとか、すぐ飛んできてくれた街の電気屋さんが推測します。昨年新品を入れたばかりで、秋にお掃除ロボットの初期不良で修理したいわくつきのエアコンです。
 一番、暑いときに故障するなんて・・・、一番暑いから故障するのでしょうが・・・・。隣には娘と一緒に帰ってきたダイキンエアコンの室外機が動いています。
 
 本日、パナソニックの修理の人がきてくれるそうです。どうなりますことやら・・・。

2013年8月4日
 「人参その後」
 今年はいいタイミングで雨が降ったので、通う回数が少なく、一週間で発芽しました。昨年の10日間とは差があります。

 この土日は農園以外はほとんど家でゴロゴロしていました。娘が屋久島に出かけているので、フクシマと二人、勝手なことをやって、過ごしていました。こういう休日が必要ですね。

 人参、これからが楽しみです。1センチ間隔を5センチ間隔に間引くのも楽しい作業です。丁寧な種まきが功を奏して、「うちが一番、よく出ている」と内心、満足して農園を眺めています。こういう満足組がたくさんいるはずです。まだまだ、水やりは続きますが、ひとまず発芽して安心。

 もう一つの水やりは「藍」
 いよいよ、来週の日曜、生葉染めを敢行予定。
 

2013年7月30日
 「秋の野菜」
 夏野菜も一頃の勢いを失い、元気のいいのはナスとオクラくらいになりました。トマトはあとわずかで終了。きゅうりはいち早く閉店したようです。
 そして、一年で一番過酷な農作業がやってきました。
 それは、ニンジンの種まきです。今年は娘と二人で敢行。炎天下フラフラになりながら、わずか1ミリ程度の種を4筋にわけて、1センチ間隔で蒔きました。軽く覆土して、静かに水をしみこませました。これから、毎日、水やり作業が続きます。昨年の例ですと、朝夕に水をあげた畑は発芽率が断然違いました。私は朝しか行けなかったので、心配してその後の成長を見ていましたが、最後にはみんな同じようにそろって成長していました。でも、やっぱり、緑濃く、立派に発芽した畑は誇らしげに見えました。
 さあ、今年も頑張って、水やりに通います。

 ・・・・と、意気込んでいたら、雷を伴った大雨がやってきて、私の畑通いは一回パスとなりました。
一つずつニンジンの種を蒔く娘

2013年7月21日
 「娘の運転」
 涼しい苗場に行って来ました。娘との約束で引っ越しが一段落したら、山荘へ行こうと。

 行きは上信越道で長野市や野沢温泉に寄り、帰りは前橋に寄って帰ってきました。今回の山荘行きでフクシマは娘に運転デビューさせようと目論んでいました。

 まず、軽井沢を越え、トンネルから脱出したあと、佐久平から千曲川さかきインターの約40キロを娘が運転しました。ハンドルを持ってすぐ、あまりの急ハンドルの振りで、フクシマと私の口から「あっ」と声が出ました。その声を聞いて、反対にビビッたといいます。「Mちゃん、ゆるくハンドル切ってね。」と静かに伝えたのも甲斐無く、瞬間の「あっ」で、もうすでに娘は神経がマックスになっていたと言います。

 新米ドライバーにはトンネル、大きな分岐は敬遠して、平静に走行できる区間を選んで運転してもらいました。次は一般道。長野市のトラットリア「ジョイア」でランチをとった後、野沢温泉に向かう時、千曲川沿いの見晴らしの良い道を運転しました。途中の道の駅で駐車の練習もし、その後ちょっとした登りの道を経て、野沢温泉に着きました。

 山荘ではそれぞれの好きなことをして過ごすことになっていました。娘とフクシマは夜はクワガタ取り、昼間は湯沢や苗場までドライブしたり、薪で焼き鳥を焼いたりしていました。私は一人黙々と紺屋藍で染めた布をベストに仕上げていました。
 最終日、早起き3人は早朝より、山荘のメンテナンスなどをして出発。三国峠はすべて娘が運転し、猿ヶ京の「いこいの湯」で汗を流し、前橋のチャイニーズレストラン「天壇(てんだん)」で一休みとなりました。フカヒレコースを食べた娘は大満足。私は3倍の辛さの特製ラーメンに挑戦。咳が出ないよう用心して食べました。「天壇」には『冷やしおこげ料理』がありましたが、あのジュー!がないというので、心惹かれましたがオーダーしませんでした。

 娘の運転というミラクルな山荘ツアーは2時過ぎには練馬インターに着き、終了となりました。農園をのぞいてキュウリやナスの収穫をし、いなげやで夕食の買い物をしたら、日常生活に戻っていました。やっぱり家がいいね、と言いつつ、また、次の遠出を計画するのもいつもの日常でした。
大分より直送の鮮魚のカルパッチョ。周りの粉はカラスミ。この塩味が効いている。「ジョイア」にて。 長野市は桃の産地。川中島という種類はここから発祥。これで800円。箱買いして香りが車中に。 これから、クワガタ取りに出かけます。夏休み前のこの時期、有名スポットは閑散としているはず。 朝は暖炉を焚きました。信じられますか?気温を忘れて生活する快適さを味わえます。 これが私の選んだ余暇。遠い将来、手作業三昧の隠居生活があるのか、ないのか? 二人の運転交代の瞬間。父は外を周り、娘は車中で最短移動。「だって、移動しやすいもの・・・」

2013年7月15日
 「三連休」
 本当は月曜日は仕事が押して間に合わなければ休日出勤のつもりでしたが、何とか間に合ったので、めでたく三連休をいただくことができました。

 初日は一人で生葉の藍を染めました。ちりめんと胴裏で自作したリバーシブルベストを生葉で染めてみました。ベスト170グラム、葉っぱ300グラムはぎりぎり染めの成立する量でしょうか?出来上がりはやはり、シックな薄いブルー。ちょっとくすんだかな?

 二日目は娘と農園へ。人参と長ネギの畝になる場所を石灰などを入れて、耕す作業。朝8時からスタートしても11時までかかりました。途中、こまめに水分補給。耕す作業はほとんど娘がやり、私は野菜管理。彼女は最初はへっぴり腰だったのが、最後にはしっかり、腰が入り、上段からクワを落とす力学を身体が体得したフォームで、クワの鉄部分が地中に埋まっていました。さすが若い力。
 トウモロコシの初収穫と枝豆(晩生)の収穫が中心でした。もちろんトマトも最盛期。
 ただ、ベンレートをかけたナスが収穫禁止期間のため、収穫しても、大穴に廃棄となったのは、惜しかったです。(病気のため、秋ナスをあきらめるのも残念なので大きな被害になる前に消毒したので、収穫禁止期間が発生したのでした。減農薬ではありますが、完全な無農薬栽培は無理なのです。)

 そして、本日三日目。涼しい朝のため、エアコンなしの久々のスタート。風が通る幸運をもっと味わうために、南側のカキの枝を整理することにしました。まず、私が早朝よりチョキチョキしていたら、娘がやってきて「何やってるの?」と尋ねます。カキの枝をチョキチョキしてるのと答えると「何で、そんな面白いこと私に声をかけないか」と言います。その言葉をいいことに、じゃ一緒にやろうということになりました。午前中はチョキチョキ、夕方はゴミだし袋へのまとめをやろうと計画を立てました。
 まず、チョキチョキが終わりました。その後少し休憩して、ヤマシタは再び、染色熱が再燃。生葉で染めたベストは気に入っていますが「紺屋藍」という製品を昨年買っていたので、実際の色を見てみたくなったのです。やり始めるとたくさん染まるので結局、紬、胴裏、綿といろいろ広げて、液の能力限界まで染めてしまいました。終了したのは夕方。結果、ゴミ出し袋へのまとめは娘一人でやってもらいました。若い力は有り難い。彼女は枝を細かく切ってゴミだし袋へ。そして、駐車場の草を引いて、作業は6時まで続いていました。身体を動かすことをいとわないのはいいなと思います。母親の染めには興味はありませんが、農作業やチョキチョキには興味があるようです。

 下に画像を紹介。お手頃に藍染めをやってみたい方。藍の栽培からなんて無理という方。「紺屋藍・誠和」で検索を。綿もたくさん染まりますよ。 
生葉の染め初め。空気に触れないよう液に沈めるのが大切。右の袋にミキサーにかけた生藍の葉っぱが入っている。ここから青の素が出てくるそうです。 娘の農耕スタイル。最初はへっぴり腰でも、何度もやっていると身体が合理的なスタイルを体得していくよう。太極拳の練習を思い出す。 ベランダの枠に乗ってチョキチョキ。私はこんな芸当は無理。若い力に任せよう。カキは実を残して、葉っぱをたくさん落としたので、風がスイスイやってくる。 「紺屋藍」というお手軽な藍染めの製品。液には青の素がたくさん溶けている。漬け込むこと3分で空気にさらし、お湯で洗うだけ。生葉の栽培から考えると夢のよう。 夕方、「紺屋藍」の作品を眺めながら、一杯。グラデーションに挑戦した紬が楽しい。安眠枕のカバーも白からブルーに。インド綿もよく染まりました。 真ん中のベストが生葉の藍染め。きっと布に対しての葉っぱの総量の関係で青の素が少ない。その上しつこく何度も染めたのでくすんだブルー。

2013年7月10日
 「猛暑の朝」
 毎日、暑いですね。
 朝、フクシマは5時前後に家を出て、太陽が上がる前に近所の散歩を楽しんでいます。主に石神井公園の三宝寺池周辺を歩いています。早朝の散歩は常連が多いらしく、同じ面子に合うと言っています。オレンジ色の服を着た女性、筋肉自慢の老人、気軽に話しかける男性・・・・。紫外線をさけるフクシマはこうやって早朝の散歩をもう二か月以上続けて体力保持を図っています。
 帰ってくると、私に薫り高いコーヒーを入れて、朝食の準備をしてくれます。最近は娘の料理も加わって、我が家には料理人が二人。ヤマシタのウエイトコントロールも努力の甲斐なく、元の木阿弥になっています。
 昨夜の料理は娘シェフによるスカロッピーネ。何だか濃厚なソースであっという間に完食していました。季節はずれのカリフラワーのサラダも絶品でした。今まで敬遠していたカリフラワー、こんな風に料理すればいいのかと感心。寒くなったら、旬のカリフラワーを試してみたいと思います。

 さて、朝夕の水撒きで藍はなんとか成長を続けています。でも、ちょっと水が枯れるとクタッとしおれるので、気が気じゃありません。葉っぱが茂ってくると、必要な水分も多いのでしょうか?プランターと直植えで栽培をしています。

2013年7月7日
 「レトロな買い物」
 駿河なつかし堂というネットショップで衣桁を買いました。正しくは衣桁屏風(いこうびょうぶ)というそうです。昔、どこの家庭でもあった、衣類などをかける、コーナーに置くものです。
 娘の帰還で結局、私の寝室がお座敷となり、リビングからよく見えて、なんだか落ち着かないので、少し間仕切りが欲しいと思いっていました。そこで、衣桁を思い出し、ネットで探したところ、今も扱っているということを知り、さっそく注文しました。
 昨日、配達されて、まずは田舎の母から送ってもらった紬の着物をつり下げて間仕切りとしましたが、夏なので透ける素材が欲しいと思い、友人と骨董市へ行って、探してみました。新井薬師の骨董市です。猛暑にも負けず、薬師の門を入ったところの店で物色しました。そして、購入したのが写真の麻の着物。希望通り透けています。
 和服の合理性に触れると本当に脱帽ものです。直線でカットして、丁寧に縫ってるので、分解も自在。糸をはずして洗い張りをして、再び作品に。おばあちゃんから孫へ。何代にも渡って受け継がれる和服です。絽や紗など、何のことか分かりませんが、きっと昔の人は季節ごとに装うルールを守って生活していたのでしょう。この骨董市の着物をつり下げたとたん「涼しい風」を感じたのは気のせいでしょうか?
後ろにフトンがあります。エアコンの都合でリビングとお座敷は一体となってしまいます。 裏から麻の着物を見たところ。右は浴衣の生地を友人からもらったので、つり下げてみました。これも、いと涼し。 新井薬師のハスの花。この白いものも実から判断するとハス。

2013年7月3日
 「なんの花?」
この白い花はなんの花かお分かりですか?野菜の花です。 大きくすると・・・。可憐な白い花ですね。 もう、この実で分かりますね。そう。オクラです。
あとしばらくで収穫出来ます。
 きのう、娘が一人暮らしを解消して、実家に戻って参りました。夕方からの引っ越しで、実家には仕事を終えた兄もスタンバッていて、みんなで彼女の帰還を手伝いました。2年ちょっと勤めたパン屋さんを退職して帰ってきたわけです。退職の理由はいろいろあるでしょうが、一気に突っ走っていた勢いが、一時低下した時、深く考えることがあって、こういう結論になったようです。私も父親のフクシマも「パン焼き技術を身につけてから・・・・」と思っていましたが、彼女の決意が固く、展開は早かったです。今日も引っ越しの余波で自宅待機して、業者さんを待つ娘の姿がありました。(エアコンの設置など)
 
 さて、彼女の職場では毎年、3月に「来年の4月以降もこの職場で働きますか」アンケートがあるそうで、娘はこの3月に「NO」という答を伝えました。つまり、2014年4月には職場を去っているという重要なことをアンケートという形で表明したわけです。ドライな関係だなとビックリしますが、その後、理由などをきかれることもなく、慰留されることもなく、彼女の2014年3月退職は予定表に折り込まれたわけです。
 それを、ずいぶん早めて、この7月に退職という運びにしたのは彼女の希望からで、当然オーナーはカンカンになって怒ったそうです。それはそうでしょう?一年も前から従業員の動向を察知して、求人状況をコントロールしようとするなら、番狂わせに怒りが湧くことでしょう。

 そういう経緯で円満な1年前通告の退職ではないので、店主催の送別会なんて、ありえないのでしたが、複数のグループの方が送別会の形で彼女との別れの会を開いて下さったそうです。

 朝5時から夕方6〜7時までの勤務、その間休み30分。この生活を2年余続けてきたわけで、就業規則、有給、時間外残業なんて言葉とは無縁の世界で働きに働いて、一瞬立ち止まった時、「ここは違う・・」と結論した娘だったのでしょう。

 実家は羽を休める場所。口は出さず、静かに次への旅立ちを応援するだけとフクシマと話しています。
 皆さんからの花束。娘はこれを4日間も花瓶に入れず、昨夜、花束のまま持って帰ってきました。私が急いで水に放ちました。今は玄関に飾ってあります。オーナーの機嫌を損ねないよう、極秘の送別会を開いて下さり、花束も贈って下さった方々。娘を取り巻いていた人間関係に、本当に感謝して、眺めています。
 就活の後半、パン活と称して、都内のパン屋を巡っていたこと、松戸のパン屋に職を得て、朝早い仕事に適応していた2年余。強い自分、弱い自分を知って、世間からもいろいろ試され、鍛えられたことでしょう。
 
 大学時代より一回り大きくなって、娘は家に帰ってきました。

2013年6月30日
 「夏本番まじか」
 農園はとうもろこし、枝豆の本格的な収穫を間近に控え、夏がやってくる感が増してきました。
 本日はじゃがいもの最終の収穫、枝豆の初収穫。トマトはどんどん赤くなり、キュウリはここで一休み、もう一度盛りを迎える準備をしています。本当にたくさんの収穫でスーパーで買う量がほとんどなくなりました。

  藍も早く発芽したグループはもう「染めてください」とスタンバッています。この夏も生葉染めに挑戦します。何を染めようか楽しく考え中。
きゅうり、なす、トマト、ミニトマト、いんげん、ベビーコーン・・・。 今年初の枝豆。 じゃがいもはこれで終了。保存を考えています。

2013年6月23日
 「書類仕事」
 久々に書類仕事をしています。昨日から今日にかけて、ずっと座り詰めです。
 遊学会の都庁への報告書類です。今年から少し表現が変わっているので、要注意なのです。今やっと一区切り付いたので、コラムを更新してから、農園へ出かけます。画像は夏野菜収穫到来の我が農園です。
 残念なことに今年も大風でトウモロコシと枝豆が倒れてしまいました。場所が一番端っこなので、風が当たりやすいのでしょうか?無理に立たせると根を傷めてしまうので自力で起きあがってくるのを待ちます。農園ライフは気をもむことも多いです。雨も降って欲しいし、太陽も欲しい。あまり大風は遠慮したい・・・・。
ミニトマトは亀裂が入りやすいので、その場で食べるようにしています。乾いたのどを潤してくれます。 インゲンやっと出来ました。軽くゆでると甘さが引き立ちます。 我が家のトマトはまだ色づいてくるまで時間がかかります。それまでは石神井ファーマーズの直売所で購入。農家さんを食べ比べて楽しんでます。一番は富岡さん。

2013年6月18日
 「実行委員」
 すでに3ヶ月前の出来事なってしまいました。
 「フクセン最後の授業」を企画運営してくれた実行委員の方々、全員はとても我が家には入りきれないので主だった6名を招いて、楽しい日曜の会を開きました。
 久々のおもてなし料理に前日からそわそわとしていたヤマシタです。今回はフクセンも料理に参戦。最近とみに料理の腕を上げた彼は「煮物」と「牛蒡と砂肝の炒め物」をエントリーし、皆さんの評価は上々。
 ヤマシタはいつもの焼豚、角キャベツとシソの温野菜サラダ、新じゃがローストの前菜からスタートし、料理はじゃばらきゅうり、トマトバシルサラダ、山ウドのてんぷら、中華ちまきと進みました。一度、皿や箸を変えて、後半戦へ。今度は網目も美味しそうな鉄板焼き肉、隣のホットプレートでは野菜各種がジュージューと湯気をたてています。
 年長の参加者は「もう、たくさんは食えないな。」と嘆く中、20代の参加者はちまきの後も白いご飯で焼肉をもりもり。焼肉のルールを作り、「鉄板に置くのは自分の食べる肉だけ。お節介に人の肉を焼かないこと」を徹底させました。
 いつしか、全員満腹になったころ、フクセンの香高いコーヒーとZOPFのキルシュクーヘンがデザートで登場。彼らのお土産のマンゴープリンも〆の一品となりました。
 よく話し、よく食べ、久々に賑やかな休日を過ごしました。他の実行委員の方々にも会ってお礼がいいたいのですが・・・。できれば、それぞれのグループでフクセンに声かけてもらえたら、嬉しいです。私たち2人の食卓の量は知れたもの。大量の料理はストレス発散できていいです。
収穫一番のじゃがいもをオーブンで焼きました。味付けは隣の焼き豚の移り香のみ。 北海道からの山ウド。大量の天ぷらを揚げました。塩も4種。油料理は久しぶりでした。 手前のオバが切れました。すみません。これは後半の焼き肉の進行中。ケイスケ君のお父さんのお肉は最高。

2013年6月9日
 「地元の野菜」
 フクシマは毎朝、夜明け前から近所を歩いています。紫外線を避けての早朝のウォーキングです。主に石神井公園がフィールドで、そこでストレッチなどの運動をして、また歩いて帰ってきます。1時間30分くらいのウォーキングのお陰で万歩計はいつも1万歩以上を記録しています。
 もう一つの彼の日課はパンと地元野菜の調達です。我が農園の収穫が始まると野菜を買う量は低下しますが、それまではスーパーなどで野菜を買っています。最近は石神井JAで買うことが多いです。理由はおいしいから。特にTさんのトマトは実においしい。土日は10分で売り切れるそうです。

 その地元野菜の話なんですが・・・・。
 昨日、練馬区役所の多目的ホールで行われたフォーラムに行って来ました。「耕す・人・街・夢」と題する練馬区農業体験農園15周年を記念したフォーラムでした。行政側の来賓の挨拶に辟易しながらスタートしましたが、体験農園を始めた農家さんのKさんの基調講演から始まったフォーラムは約2時間。後半のシンポジュームも参加してきました。実に示唆に富んだフォーラムでした。

 Kさんは言います。『体験農園の農家としての成熟度を測るには、経営がなりたっているか、教える技術が高いか、コミュニティーを楽しんでいるかの3点。利用する側の成熟度は野菜の旨さを実感しているか、畑の自然環境を味わっているか、コミュニティーを楽しんでいるかの3点で測れる』と。実際2年目に入った体験農園の利用者として、客観的な分析だと思います。

 今の農政では、都市の農地は宅地にして有効利用しようとする流れが歴然としてあります。そこを農家、都市生活者の合理的なシステムとして「体験農園」が出現したとフォーラムでは位置づけます。「体験農園」は基調講演のKさんらの着想からスタートし、数年かけて行政を動かし、現在の形に整備されたといいます。その間の話は当事者の農家さんの誇らしげな様子は頷けますが、動かされた行政側(区、都、農水省)も得意満面なのが不思議な気がしました。

 ここで「体験農園」って?とお感じの方に少し説明。
 「体験農園」とは、農家が利用者に農地と農機具などを貸し、種、苗、肥料、農薬など栽培に必要なすべてを提供し、かつ収穫まで技術や知識をレクチャーする制度です。練馬区のKさんの農園から出発し、今では練馬区のみならず、日本全国に広まっているシステムです。練馬区在住の利用者は練馬区から助成があり、年間31,000円の負担で3×10メートルの農地を借り、3月〜翌1月まで、講習を受けながら、野菜を収穫します。この仲間に昨年より入れてもらったヤマシタは新たな世界を得て、実に楽しく農園ライフを過ごしているわけです。
 先日のフォーラムを参考に、「体験農園」の意義をヤマシタ風にまとめると、
    @農家の経営安定とやり甲斐の確保
    A都市生活者のおいしい安全な食と安らぎの確保
    B緑の空間を保全することで防災面の向上。

 基調講演のデータから野菜の栄養価や味は、時間と共に低下することがよく分かりました。石神井JAで購入してくる野菜がなぜおいしいのか、わかります。また、おいしいものは栄養価が高いと信じてよいという説明も非常に納得でした。自分の「おいしい」という基準を信じて選んでいるのは合理的だったのです。
 
 もう一つ、知ったことで、おまけ。受け売りの激しさに自分も驚いています・・・。
 肥料を与えすぎると味が落ちること。自由に作付けできる「区民農園」の土のデータは圧倒的に窒素過多で、作物の味に影響が出ているそうです。農家が土地を「区民農園」に提供することは、「体験農園」で運営する手間がなく、非常に楽なやり方とシンポのコーディネーターは言います。ちょっと言い過ぎかなという感じはしますが、素人感覚でたくさん肥料をあげたくなる気持はよくわかります。指導を守ってきちんと測って施肥することは重要なんだと再確認しました。

 これからも「区民農園」ではなく、「体験農園」を選んで、農園ライフを楽しんでいくつもりです。

2013年6月2日
 「6月は忙し」
 農園の果菜類の管理、家の梅もぎ・・・、これが休日の課題でした。長旅の疲れを感じる隙もないくらい、6月は忙しいのです。
 今年の梅は大収穫。5キロを超える梅はジュースに。蜂蜜を使って、胃腸疲れの特効薬を作ることにしました。
今年こそ、摘心を間違えないぞと意気込んでいましたが、すでに茄子を切りすぎたことに気づき、へこみました。画像はトマトとキュウリ。 一番下の段のトマト。これが、色づくのが楽しみ。今は3段まで花が咲いています。 フクシマと梅取りを断行。取ったらすぐ漬ける必要があるので、蜂蜜を用意してから、作業しました。

2013年5月31日
 「無事帰還しています」
 昨日、長い四国の旅から帰還しました。
 フクシマにとってルーツを辿る旅となり、生家を見て、その周りの風景を見て、得心したと言います。

 ざっと今から60年近く前の話。
 足摺岬の以布利(いぶり)という場所で診療所に勤務していた彼の父は、にわかな体調不良に見舞われ、あっという間に他界。後に残されたファミリーは娘二人と身重のお母さん。今なら劇症肝炎という病名が付きますが、当時は訳がわからぬまま弔いをしたとききます。その当時肝炎の患者さんもいたと彼の母は記憶していました。
 さて、その3ヶ月後に生をうけたフクシマですが、その時すでに父は亡く、しばらくして、一家は東京の下井草に居を移します。その後、現在の上石神井へ移り、以来50年余り、東京の人になりました。祖父母、母、姉二人に囲まれたせいか、争うことが少ない環境で成長し、今の穏やかな人となりました。父に対する反発を根本的に知らない彼は、自在な父親像を描く自由があったためか、我が子との接触は非常に「率直で楽そうに」、私には見えました。子どもたちのここ一番の時は本当に腹を割って話す姿がありました。社会に出る前には一つの壁となり、「ここまでは親はサポートするがそれ以上はあなたの力で・・・・」と淡々と伝えていました。そんな時は珍しく、母性を私が、彼が父性を担っていました。子育てを卒業した今思うと、パートナーとしては最良の友でした。

 そのフクシマ誕生の地へ旅してきました。
父の後も引き継がれ、何年か前に医師の高齢化のため、閉鎖となった以布利診療所。歩いて30秒で海岸。近所で尋ね歩いて発見しました。 以布利より西側の竜串は貝殻の集積所。20種以上のタカラガイを採取してホテルへ。また翌日も海岸へ向かいました。館山、串本、枕崎以上の絶好ポイントでした。 四国旅の前後には高砂(兵庫県)の妹の家に居候し、車も彼女(写真左)から拝借。2人の妹を紹介。四国を巡ってきた目には高砂の闊達な経済活動は新鮮でした。

2013年5月23日
 「四国へリベンジ」
旅じたくです。
明日から一週間、兵庫県高砂市の妹宅を拠点に「四国漫遊の旅」に行って来ます。
足摺岬の地図です。ちょうど4年前の夏、四国の宿を予約したものの、母の容態急変の恐れありで、すべてキャンセルした「四国漫遊の旅」です。これは4年前に宿の方が送ってくれた案内図。今回は「木のくじら」ペンションには泊まりませんが、貴重な案内図です。海岸への降り口や桜貝などの二枚貝、タカラガイなどの貝殻が拾える場所が記入してある地図なのです。
 家をあけるには植物の水やりが一番の課題。階段下に一手に集めて、階下の住民の方に丁寧に頼みました。2番目は農園の果菜類の管理。本日、誘引ヒモやトマトトーンの噴霧の為、出かけました。トマトにアブラムシが付き始めていたので、小一時間かけて、手でつぶして帰ってきました。

 「四国漫遊の旅」。また、ここでご報告させていただきます。

2013年5月19日
 「収穫到来」
 農園で本格的に収穫がスタートしています。
 まず、葉物。ラディシュ、小松菜、ほうれん草は終了。今はサニーレタス、玉レタス、ブロッコリー、キャベツの真っ最中です。我が家から農園までは歩いて30〜40分、自転車で10分弱の距離。我が家よりも農園に近い場所に卒業生がいるので、収穫時期を逸っしそうな時は、「○○は○個まで、取っていいよ。」とメールして、収穫のお裾分けをしています。彼女は2才の坊やと野菜を持って映っている画像でお礼メールを送ってくれます。
 
 昨日は農園講習で果菜類(果実を食用とする野菜。ナス・キュウリ・トマトなど)の支柱立てを終了しました。これからドンドン、つるが伸びて大きくなっていきます。支柱に誘引して、しっかり実りの場を確保する必要があります。この作業が私の大好きな作業なのです。誘引の画像を取ってくるのを忘れましたが、脇芽を摘み取りつつ誘引する作業は「いい頭の体操」になります。
 本枝と脇芽との違いはグリーンの違いです。これから伸ばしていく本枝は濃いグリーン、摘み取るべき芽は薄いグリーン。その違いが分かるようになったのは、昨年の夏野菜の管理をしていた中盤くらいからでした。それまでは、どのグリーンも同じに見えていたわけで、たくさんの脇芽を大きくしてしまいました。今年は慎重にかつ、大胆に夏野菜管理をしています。グリーンの識別はセイダカアワダチソウの染色にも通じて、大変面白いです。
 
 また、トマトの脇芽摘みは指にトマトの香りが残ります。その野菜臭い香りに包まれる瞬間は極上のアロマテラピーです。

 たった3メートル×10メートルの区画ですが、そこで土曜日の午前中は忘我の時間を過ごしているヤマシタです。
手前が収穫中。向こうに見えるのが果菜類の支柱。支柱立てはフクシマの仕事でした。ここが私の忘我のフィールドです。 春のブロッコリーは一瞬に大玉になります。固くゆでて食べます。葉っぱを残して、脇から出てくる部分も食べます。 シャキシャキのレタス。今が食べ頃。雨に遭うと内部が茶色く、ただれてしまいます。

2013年5月13日
 「世紀の晴れ女」
 12日の日曜日、モノレールで行く、多摩川の化石発掘体験、無事終わりました。子どもだけでも20名の参加があり、前日の雨からは想像もつかないピーカン。ヤマシタの晴れ女が実証されました。
 河原で30名がコンコンやりました。結果、貝殻の化石の他にカニの爪、魚類の骨なども発掘。今、むさしの化石塾の福嶋代表が詳しく調べてくれています。
 夕方、イベントが終わって、「私たちはこんな面白いことを、ずっとやっていたんだね」とフクセンと話しました。
 
 つぎは10月20日。フィールドは八高線の多摩川。
これは何かな? 母岩にはアカガイとキサゴ ほら、快晴でしょう。

2013年5月9日
 「素人の確信」
 良い陽気になりました。
 本日は武蔵野日赤の外来検診の日でした。やっと5ヶ月ぶりにステロイドを1mg減らすことができました。二人で「久々に減ったね」と喜びあいました。これがフクシマの第一の仕事ですから・・・。Uドクターは血小板の数値を、Iドクターは蛋白尿や血圧管理を一番に気にします。二人担当医制はとても投薬に慎重になるという傾向があり、どちらのドクターも再発を恐れ、緩解状態を保とうと考えています。今のところ、病気はコントロールされている様子です。

 さて、早く外来が終わったので、自宅の水回りを修理しようと考えました。もちろんヤマシタがです。こんな仕事は健康な時もフクシマの専門外でした。

 私はホームセンターへ行って、洗濯機と水まきホースの両方のジョイントから水漏れがするのを改善しようと試みました。

 まず、2階の水回りコーナーで年配の男性に「洗濯機と水道のつなぎ目から水が漏れるので相談に乗ってください」と頼みました。彼は私の持参したジョイントの部品とスマホの水道の写真を見て、「この水道に洗濯機をつなぐのは無理」と結論しました。私は「じゃどうすれば、洗濯機が使えるのですか」と尋ねますと、彼曰く「水道の栓ごと交換するしかない、パッキン換えても意味無い」と断言するので、「わかりました。ありがとうございました。」と引き下がりました。
 一人になった私は、どうも合点がいきません。かれこれ20年になる我が家ですが、建設当時は全自動洗濯機が主流でした。そんな水道栓をつけるかな???とずっと売り場で考えました。「おかしい、おかしい・・・」片っ端から売り場の部品を調べていきますと、我が家の水道の形も使用可能のグループに入っていることが判明。もう一回トライしようと、今度は違う人に声をかけました。「洗濯機と水道のつなぎ目から水が漏れるので相談に乗ってください」。その係の人も親切に対応してくれました。結果「はい、その水道も使えますよ。ただ、パッキンをかえて、つなぐ時ちょっと確実に取り付けてください。他のと比べ固定しにくいですから。」彼は私の持参した部品をはずして「このパッキンを換えてください」。と示してくれました。
 私はホッとしてレジに行き、一人目の男性の断定は何だったのかと考えつつ、複雑な思いで198円のパッキン代を払っていました。

 次は1階へ降りて、水まきコーナーで「水まき用の水道とホースのことで相談に乗ってください」と係の人を探しました。今度はすごく詳しい女性に当たり、思うような部品を買って帰路につきました。

 家に帰ってフクシマに顛末を話しながら、2階であのとき、あきらめないで良かった・・・と思いました。「素人の確信」です。そんな全自動洗濯機を使えない水道栓をつけてるはずがない・・・、という。もちろん、さっそく、二人目の男性のアドバイス通り、きっちりジョイントさせてドライバーで固定しました。危うい感じですが、水漏れは解消し、使用に耐えるようになりました。この水道栓ではこれが限界のようでした。水まきホースも思い通りの仕事をするようになりました。満足満足。
言われた通り、下から圧をかけて、しっかり固定しました。ねじの調整も万全を期しました。
これが我が家の水道 出かけに外径を測り、 内径を測りました。 左下が買ってきたパッキン ただ漏れ状態が解消

2013年5月6日
 「連休最終日」
 いや〜ゆっくりしました。日増しに緑が濃くなっていく窓辺を見ながら、家で過ごしていました。
 昨日はセイダカアワダチソウの染色の1日。いつもの染め仲間ともう一人ニューフェイスを加えて3人で染めました。我が家の隣の空き地はちょうど刈り頃のセイダカアワダチソウの若葉がたくさん。はさみでチョキチョキして、ステンレス鍋でぐつぐつ煮出しました。1番煎じ、2番煎じ、3番煎じ、4番煎じと液を呼んで、染め分けようとしましたが、最後には訳分からなくなり、連合軍が出現したりしました。総じて、思惑通りには染まりましたが、昨年の濃いグリーンの感動までには至りませんでした。
 昨日の朝には定番の木の芽和えも作りました。年に一度は作りたい木の芽和えです。下にレシピっぽい画像を紹介しましょう。お家に山椒がある方は是非作って下さい。まだ、間に合うかも知れません。

 そして本日。再度一人で染めています。昨年染めたウィンドブレーカーの染め直しとお弁当包み用の大布を染めています。今、煮出しを待ってコラムを更新しています。
 
山椒の木の芽を葉と軸に分ける。これが一番面倒臭い作業。 すり鉢でひたすらすります。すり鉢に満杯あった木の芽がしょぼと小さくなるまで。 白みそ、砂糖、酒、塩などを混ぜて、またひたすらすります。 こんな感じ。食べる前にゆでたタケノコなどと混ぜ合わせる。 右横の食パンと比べると鍋の大きさが分かるでしょう。 3種類の色見本用のシルクミニストール。背景の緑の方が濃いかな?

2013年5月4日
 「連休真っ最中」
 昨日はどうしても外せない仕事があったので、出勤しましたが、本日から3日間はお休みです。本日は農園仕事のクライマックス。
 クラブハウスの座学では、2月からの苗作りのお話を聞きました。私が花粉症で出不精になっていたころから、農家は苗床を作り、小さなタネからたくさんの野菜の苗を育てていたことを知りました。ゴールデンウィークに照準を合わせて苗作りは進むそうです。

 今日は昨年に比べ、農作業に慣れてきたフクシマと一緒にトマト、きゅうり、茄子、ピーマンの植え付けをしました。そして、ほうれん草、小松菜、ラディッシュ、サニーレタスを収穫して、キャベツとブロッコリーに薬をまいて帰ってきました。最低限の農薬を使用するのが、体験農園のルールなのです。

 最近、ヤマシタは少々ウエイトが重め。理由はフクシマの料理の腕がぐんぐん上がってきたから。一昨日は鮭バーグをおかわりしました。魚屋さんで「この鮭でハンバーグつくりなよ、」と言われて購入した鮭を丁寧に丸めて焼いてくれました。特性のソースもフクシマ自作。
 お漬け物をいただいた友人に食卓の画像を送ってお礼をいったら、逆に「幸せそうな食卓で嬉しくなった」と返信いただきました。何気ない食卓ですが、普通が良かったのでしょうか?昨日のものをここに紹介しましょう。
昨日のフクシマシェフの食卓。左からサワラの塩焼き、揚げ焼き、ラディッシュの葉っぱのごま油炒め、ラディッシュそのまま。向こう左はトマトサラダ、右はサヨリのお刺身。 ほうれん草と小松菜は大量の収穫で、お風呂場でバケツにつけています。明日の客人にお土産として差し上げるつもり。 今年のラディッシュは立派。甘酢にいつも漬けていましたが、今年はほとんど、そのまま食べています。

2013年4月27日
 「友だち考」
  先日、電車に乗っていて、とりとめもないことを考えていた時、ふっと高校2年生の時のことを思い出しました。

 当時、よく一緒にお弁当を食べていたK村という、仲良しの友だちの話です。
 
 午前中のことで、私が彼女の言動に憤慨したようで、私は一人でお弁当を食べていました。食べ終わったあたりでK村がやってきて、私の様子をうかがっていることが分かります。私は怒っていることを身体で表現していたようです。彼女はしばらく観察して、私に呼びかけますが、私はしらんぷり。彼女と眼を合わせないで、よそのことを考えています。
 ここからが、彼女の彼女らしいところ・・・・。眼を合わそうとしない私をみて、普通なら、そばを離れて関係がどんどんこじれるはずです。彼女はしつこく私と眼を合わせようとして、私の顔の前に自分の顔を移動してきます。私がどこを向こうとおでことおでこが付くくらい、追っかけてきます。しばらく、知らんぷりを続けていた私も最後にはとうとう、吹き出してしまいました。その時の彼女のセリフ、「あ〜あ、良かった、笑ろうたな・・・」。私はその時、怒っていることよりも、彼女の「傷つくことを恐れない勇気」に圧倒されていました。私なら、ずっと無視し続ける友人の前で、傷ついて敗退する姿を考えると、そんな直接的な仲直りの行動はとれません。「k村は凄い!こんな図太い神経、私も欲しいな」と今も記憶に残っています。

 もちろん、今も友だちです。

 落ちのない話ですみません。今日から、連休スタート。今年の連休は地味に過ごす予定です。3日は仕事に出るし、遠出の予定は一切ありません。セイダカアワダチソウの染色したり、雑草ひきをしたりするつもりです。 

2013年4月18日
 「トランスを誘うきんぴら」
大きく育ったゴボウが6本。タワシでごしごしして、半分にカット。 一本ずつ、斜めに揃えてカット。この感じが大好きなんです。 次に薄くトントン。このとき、反復するリズムがトランスを誘います。 洗い桶に千切りしたゴボウが浸かってます。あと3本となってしまいました。 うう、あと一本。トランスが終わる〜。 れんこんではトランスにはならない。
明日は事務所で新人歓迎会。若手からのリスエストできんぴらを制作しました。福島担当の「教育相談」のページ新設しました。6月からスタートです。
れんこん、少しさらして、スタンバイ。 大量のゴボウの水を切っています。 油揚げもトランスにはなりません。 我が家農園の人参。保存していたラスト。 は〜い、大量のきんぴらです。我が家の一番デカイ鍋で作ってます。

2013年4月14日
 「春の色」
 土日と苗場に行って来ました。
 西尾夫妻と私たちの4人でいろいろな話をして帰ってきました。久々の2ファミリーです。それも一切子どもなしの・・・。

 土曜は早朝の地震報道に出発準備が遅れましたが、前橋の「クワイテルメ」、猿ヶ京の「いこいの湯」と源泉をはしごして山荘に着きました。そして、西尾夫妻と合流した後は、昔のように4人の四方山話が飛び交いました。主に話題は健康のこと、遊学会のこと、仕事のこと・・・・。

 画像は春の山荘付近を中心にご紹介します。
残雪が急スピードで融けています。しまった雪でどこまでも歩けますが、がれた部分は空洞がありそうでした。下草もなく、虫の出ない、一番歩きやすい時期かもしれません。 雪が融けた、湿った地面はフキノトウの畑。
たくさん持ち帰り3時間かけて、フキ味噌と天ぷらに・・・。下ごしらえを丁寧にやったので、上品なフキ味噌ができました。
水抜きをして山荘を施錠したら、駐車場に20匹あまりの猿たちが・・・。足がすくむヤマシタに平然と車に行くフクシマ。彼らは子どもを含む大集団。木の肌や新芽を食べていた。カメラを構える間に遠くに・・。

2013年4月12日
 「見えない障害」
 木曜日の露天風呂でのこと。
 源泉浴槽に入るスペースができていたので、静かに入れてもらいました。混雑する「さやの湯処」での話。
 私が入れたのは、2人の方がさっき出て行ったから・・・・。「よかった・・・」と、しばらく、源泉に身を沈めて、ほっこりしていると、さっき出て行った人のことを、非難がましく言い出す人がいました。
 『あれで、すっぴんっておかしいよ。』
 まわりの人も静かにうなづいています。どうも、ちょっと前に何か一悶着あったようです。
 
 ええ、なんのこと?だれのことを何で非難しているの?

 しばらく、その急先鋒のご婦人とまわりの人との会話を聞いていました。

 『おかしいよね。絶対化粧しているよ。あれで、すっぴんなんて通らないよ〜。この温泉の係員はあまり注意しないから・・・。本当に汚いよ。あんな人が入ったら・・・』

 うう??温泉に入るのに化粧落とさないのを非難しているのか・・・・・、でも、首から上なら、汚いかな??? 潔癖な人なのかな・・・、やっとことの次第を想像できた私でしたが、次に続いた言葉に緊張を感じました。

 『それにこの温泉は露天風呂に帽子かぶって入っている人も注意しないのよ。常識ないのよ。何考えているか分からない・・・』

 うう??今まさに露天風呂に帽子をかぶって入っている人がおられます。まわりの人や私は気がついていますが、その気炎を上げている人は気がつかないみたいです。みんな、まずいな・・・という空気が流れました。でも、その方の言葉は続きます。(帽子の人を意識してか、どうかはわかりません。)

 『本当に常識がない、厚化粧で温泉に入ったり、帽子かぶって入ったり・・・、何考えているのかしら、私日頃からずっと、辛抱していたの、でも今日、本当に意を決して注意したのよ、いって良かったわ・・・』

うう??これはまずい。帽子をかぶっている彼女の肩がずっと、小さくなった感じがしました。きっと、居心地悪いだろうな・・・。

 私は話に加わるまいと思っていましたが、思わず言葉が出てしまっていました。

 「帽子は違うでしょ。紫外線をさけて入浴しているかもしれないでしょ。」

 『何?紫外線?』

 「そう、紫外線が病気がさわることがあるから、大事をとって、帽子をかぶっているかもしれないでしょ。」

 『病気の人が何で温泉に入る必要があるのよ!』

 「病気だからこそ、こういういい源泉に入るのよ、それを誰も反対できないよ」

 『そんなこと説明されないと、外からは分からないよ〜』

 「だから、一方的に帽子をかぶって露天風呂に入るのは常識ないとはいわないで・・・」

    ・・・・・もう、その段階では、周りの人も消極的になっていました。私に一理あると誰もが感じていました。私はきっとフクシマの紫外線の事情があるので、こんなにも急激に反応してしまったのだと思います。急先鋒の人の勢いが低下しても、ちっとも愉快じゃありませんでした。

 フクシマは投薬の関係で感染症にかかりやすく、外出の際に気を使います。人混みやコンコン咳き込んでいる人を避けていました。私も同じで自分がインフルエンザなどをもらったら、大変と、電車でコンコンしている人がいたら、車両を変わっていました。それと紫外線がタブーです。農園で日差しを避けて、一休みしている彼を見てからかう人がいます。そんなとき、私は「人にはいろいろ事情があるから、ほっといてよ」といいます。
 
 フクシマを一見するとそんな事情はわかりません。一見しても分からない病気を抱えている人はそのため、辛い思いをしていることがあります。それを告げると「だって外からじゃ分からないもの」と健康な人に言われます。

 介助事務所の友人から「見えない障害」を告げるサイン(?)があると最近知らされました。この露天風呂でのことがきっかけで、その意義がわかります。

 まだうまくまとまりませんが、露天風呂に帽子をかぶって入っていた方の帽子にこのサインがあれば、どうだったろうかな・・・と今考えています。
これが友人が教えてくれた東京都のサイン。宣伝不足か誰もしらない。助けを必要としているサインらしい。助けじゃなく、そっとしておいて・・という場合もあると思う。 ☆これを書いてて、思いました。誰にも自分の事情を知られたくない自由もあると。自分の事情を見ず知らずの人にさらけ出さないと、辛い思いをする立場の人を「弱者」というのだなと感じた今日でした。
 
明日から、冬の苗場に行って来ます。
 今、夜に先行した西尾家の知らせを待って、コラムを更新しているヤマシタでした。

2013年4月7日
 「春の嵐」
 土日と大雨や大風が通過していきましたね。皆さんの周辺では被害はありませんでしたか?我が家では夕べは雨戸をしめて早くから休むことにしました。
 土曜日は嵐の前にと農園に出かけました。家の片づけが残るフクシマを置いて、ヤマシタが一人で朝8時過ぎに畑に出かけました。農園講習は10時からですが、きっと11時ごろから雨模様になるという予報を聞いて、前倒しで作業をスタートさせようと企てました。他の区画にも同じことを考えた方がいて、「雨のこないうちにやってしまいたいね」と話ながら、クワをふるいました。こういう芸当ができるのも、体験農園2年目だからです。今回は枝豆と里芋の植え付けです。前日の講習の跡が残るホワイトボードを見て、一人で学習し、まず、里芋の畝を作ります。次にキャベツの追肥、土寄せをして、次々と植え付け作業をこなして行きました。あらかたの作業が終わった頃、正式な農園講習が始まりました。指導の農家さんも「雨が降る前に15分くらいで講習を終わらせます」と、これから来る低気圧に緊張気味でした。
 しかし、雨は思ったより降り始めが遅く、午前中じゅうぶん時間がありました。大風が来ても吹き飛ばされないよう、カンレイシャをしっかり固定して、帰ってきました。上下レインコートで完全武装の私は行き帰りの道路で結構浮いていました。
 来週はお休みで次の週はとうもろこし、オクラ、インゲンの種まきです。5月もほとんど毎週農作業があり、楽しみな収穫は6月ごろからスタートです。
金曜日夕方、知り合いから花わさびをたくさんいただきました。今は冷蔵庫で眠って「辛さ」を増殖しています。大好きな「ツンツンづけ」です。 福先最後の授業の日にいただいた蘭です。最後から2つ目が開花。すべての花びらが元気です。蘭ってこんな美しく丈夫な花だったのですね。 ベランダでは藍の発芽を毎日霧吹きをして待っています。これは明日知人に差し上げるタネ。コラム読者で栽培希望の方、声をかけて下さい。(HPの問い合わせへ)

2013年3月31日
 「年度末の休日」
 すごいことになってるでしょう。我が家のお座敷(四畳半)です。サウスタウンビルの明け渡しが完了し、保証金返却の額も確定し、昨日、撤去工事費用の請求書が来ました。新しい丹誠塾に行かなかった荷物で廃棄されなかったものが、すべてこの四畳半に運ばれています。
 昨日と今日はこの片づけです。
 鉱物などの保存場所を確保するために、海のコレクションが大幅に縮小されることになりました。タカラガイを選別し、残すものが選ばれています。極小貝は残していますが、一般の大きさの貝、たくさんあるタカラガイはほとんど、置いておくことができません。
 鉱物も大きなものは階段下の石庭へ。


 極小貝は捨てられません。一つの箱にまとめてスペースを確保。箱を開けると別の世界に持って行かれます。  文庫のラグは重曹を振りかけて、一晩おき、掃除機で重曹とごみを吸い取りました。もう一度玄関に立てかけておき、天気の良い日に干して叩いて、最後の掃除機をかける予定。だいぶ、綺麗になりました。手洗いもドライも聞かない大物は重曹が決め手のようですね。

上から「リース用、もみじばふう」「水晶」「鉱物1」「鉱物2」「鉱物3」「鉱物4」と。下段には「タカラガイ」「極小貝」「黒曜石」・・・・、と続きます。もうこれ以上コンパクトにはなりません。かくして野外活動の思い出が、私のクロゼットの一角を占めることとなりました。今の四畳半は見た目は変わりませんが、鉱物関係はもう無くなりました。あとは、うんざりするほどの量の本が残りました。これをどうするか、フクシマの部屋の押し入れに入れて、日の目をみないのも、どうだかね〜、でも本棚を新設するスペースもないしね〜。求む、いい知恵。又は書斎スペース。

2013年3月24日
 「現在のサウスタウンビル3階(もと丹誠塾)」
駅のホームが見える教室でした。もう、丹誠塾などのカッティングシートありません。3つの教室が一つに戻りました。 もと、エアロビスクの教室のまま使っていた丹誠塾でした。壁紙の下から、鏡が・・・・。 こんなに駅に近かったのですね〜。一等地で26年、頑張りました。

2013年3月22日
 「怖さ」
 新しい世界はわくわくします。でも、少なからず怖いです。
 20日、若者たちの手による、新しい場所への引っ越しを終えた後の、古い丹誠塾へ、フクシマと行って来ました。古い丹誠塾を閉じるのが私たちの現在の最大の仕事です。契約解約に伴う、各種手続き、工事、引き渡し、保証金の返却など。いろいろやることが多いです。
 「あなた、きっと泣くかも・・・」と彼に言われたので、覚悟して出かけました。廃棄荷物で一杯の塾教室も覚悟していたせいか、冷静に見ることが出来ました。どうしても廃棄できないものを、我がラウムに乗せて帰宅しました。
 そのどうしても廃棄できないものは「丹誠塾ロゴ入りのラグ」「文庫のラグ」でした。
 前者は、ある保護者から送られた裏がビニール張りのラグです。その夜、お風呂で3回シャンプー洗いをしました。茶色の液が何回も出てきました。後者は資金を卒業時に寄附していただいて、私がムラウチ家具で選んで、文庫の子どもたち用に購入したものです。結構高額なものでした。水洗い、ドライ、まず無理。表示をみるとそうなっています。一応自宅の玄関にあります。これから時間をかけてクリーニングします。どんな風に使用できるか、これからの楽しみになりました。ヤマシタ制作のカッティングシートも明日には無くなります。
 最後の施錠をし、防犯キーのラベルとポストの表示をはずして帰宅しました。
一番大きな教室 防犯キーのラベル 最後の施錠
みんなが見上げてた窓 リビング脇のフクセンコーナー ラグ玄関前に干してます

2013年3月20日
 「新しい生活」
ipad事件が起きて、スマホを考えるようになりました。旅先で情報を得るツールがなくなったからです。来るべき四国旅行に備えてスマホに早く慣れることが急務のように思えてきました。
 そして、月曜の夕方、花小金井のソフトバンクへGO。たっぷり2時間かかって、docomoからソフトバンクの人になりました。iphone5を契約すると、もう一つ電話が付いてきました。テレビショッピングでカメラを買うと小型カメラがついてくる・・・・みたいな〜。「そんな2つもいらんわ〜」とつっこんでいた私ですが、料金もかえって低額だから、是非にと勧められて。そして、もう一つ、テレビや写真が表示される薄いプレートも付いてきました。(不思議な力学で、2万円の商品券もお土産です)
 月曜日はソフトバンクからアドレス変更の一斉メールを送ってもらいました。帰路につきながら、各所からいただいたメールに返信しようと1時間格闘。『受信』『送信』の頭しかなく、チャット方式で表示する感覚がやっとできました。古いdocomoの携帯はキーボード入力が気に入っていましたが、今回の十文字に入力するやり方も非常に合理的。スマホのスマートな部分を知りました。事務所の相談役にカレンダー、料理のアプリなどを入れてもらって、電池の消耗に驚きつつ、今のところは快適に使っています。

2013年3月16日
 「農園スタート」

 練馬区の体験農園が本日スタートしました。先週の土曜日から花粉症の症状が悪化し、なるべく外に出たくないヤマシタが意を決して、ファーマー生活をスタートさせました。フクシマも一緒です。
 昨年の今日は、彼は講習会途中で中座し、家に帰ってしまいました。30分のクラブハウスでの座学に耐えられなかったのです。次の週の実習作業では、クワを3回振り下ろしたら、ふらふらして、私と交代しました。昨年の作業はほとんどヤマシタ一人でやり、収穫の一部にフクシマがからみました。
 しかし、本日は違いました。座学に全部最後まで出席し、二畝の作業は二人で交互にこなしました。キャベツ、ブロッコリー、じゃがいもの作付けをして、2時間の農作業は終了。彼の大きな自信になりました。下に携帯の画像を紹介。
キャベツの畝を作るため、石灰と配合肥料を混ぜて耕しています。結構、いい運動になります。 耕して、苗を植える場所を確認しているところ。区画は昨年と同じ場所。すごい確率です。
2013年3月11日
 「福先最後の授業」

 急激な温度変化の日曜日、東京が茶色い空気に覆われました。風が南風から北風に変わった瞬間、関東平野の上空に舞い上がった土埃などが一気に東京に降り注いだというテレビの説明。その中に黄砂やPM2,5も含まれていたとか・・・・。そんな事情はつゆ知らず、ひたすら花粉症の症状悪化に苦しんでいたヤマシタでした。症状は主に眼。かゆくてかゆくて、違和感がごろごろで、集中ができません。寝てるが一番楽なので、何かをする気持が失せてしまいます。花粉症の症状に倦怠感ってあるのでしょうか?

 そんなわけで授業の準備をするフクシマを尻目に家でごろごろしていました。そして、きのう夕方、イベントはスタートしました。

 人の仕切りは気が楽です。私たちは教材を持って現地に行けばいいだけです。簡単に打合せをして、あとは旧知の知人や卒業生と話をして開演を待ちました。フクシマの最後の授業のテーマは「表現としての国語」。題材はまどみちおさんの詩、永六輔さんのラジオ番組から出た「逢いたい」の詩と曲、山村募鳥の詩でした。幼児から還暦を過ぎた方までが2時間をたっぷり楽しみました。
これが、最後の授業の教材表紙。介助事務所の同僚がデザインしてくれました。さしずめ、あの七色の帯はフクシマのやってきた35年の授業人生を表しているのでしょうか?「表現としての国語」と表した巻頭の文章はこちらをお読み下さい。ここでいう「国語的空間づくり」は見事に市民会館の公会堂で成立し、200名弱の人たちが「まどみちおさんの詩」や「逢いたい」の曲に心を引きつけられていきました。ポンポンと着想を口にする人、黙って考えている人・・・・誰でも自分スタイルで参加できる風通しのよい授業です。手本も権威もない、自分の感覚を頼りに交流しあい、共有する空間、それがフクシマのいう「国語的空間づくり」なのでしょう。
 9時キッチリに終わったイベント後は、会場内で歓談して、9時45分には完全にお開きとなりました。早めに話が出来て近所のお店に2次会へと流れたグループもありました。遠くは新潟や静岡から駆けつけて下さった方もいて、ゆっくりお話もできず申し訳ないです。
 また、卒業生の顔はほとんど見分けがつき、どんなに時間がたっても、人間の芯は変わらないと確信しました。ゆうべは本当にたくさんの人とお話をしました。フクシマを労って下さる言葉や、お花などをたくさん頂き、帰りの車の中は花の香りで一杯でした。家ですぐ水に漬けて、長持ちさせて楽しむ工夫をしています。

 デジカメで授業を記録するつもりが気がつけば終わっていましたので、ほんの少しの画像しか手元にありません。また、ななこにもらったら、ここでも紹介しようと思います。まずは携帯画像などから・・・。
コツコツと教材を製本する3月3日のフクシマ。右はおひな様。 授業の終盤、山村暮鳥の詩のくだり。会場にはタイミング良く一枚一枚教材が写されました。 我が家の玄関は花で一杯。朝は風呂場に移動しました。
 右はフクシマへの寄せ書き。当日参加の177名の方のメッセージがあります。2011年のサマースクールで虫を捕るフクシマの姿を布に刺繍したものです。よく見ると確かに刺繍です。そんなサービスがあるのですね。今、リビングのタペストリーにひっかけて楽しんでいます。大きな思い出クロスとなりました。

 最後にお一人感想文を紹介。
 『相変わらずのふくせんクオリティーで楽しかったです。丹誠塾での数年間は今でも色濃く思い出として残っています。虫取りしか、してなかった気もします。本当にお世話になりました。長生きして下さい。もうあんな面白いものはめぐりあえないかもしれないです。最高です。色々と。授業楽しかったです。本当にありがとうございました。』

 本当にこちらこそ、たくさんご参加下さりありがとうございました。
ななこから、画像届きました。ご覧ください。皆さんに披露する前に無理言って送ってもらいました。
photo by ななこむらやーま

2013年3月2日
 「最後の教材準備・・・?」

 短い2月が過ぎました。春の速度は速いですね。バタバタとお雛さまをだし、瞬間でしまうのは例年どおりです。

 新しい丹誠塾のホームページもスタートしています。是非、お立ち寄り下さい。そして、住所をお控え下さい。
 3月中旬よりは移転のため、丹誠塾HPを探して迷子になる方がいるかもしれません。この「山森ばなし」も遊学会から入って、「お気に入り」に入れておいて下さると嬉しいです。

 さて、フクセンが教材準備をしています。3月10日の「最後の授業」の準備です。
 先日、実行委員の竹澤くんがお返事をいただいた「出席予定」の方々をメールで知らせてくれました。ヤマシタにとって、名簿を見ながら、涙した初体験です。実際、メンツは濃〜いです。こんな方々が来て下さるのか・・・。ほとんどの方の顔を思い出します。途中で退塾した子どもたちで「私たちは忘れられないけど、あの子はこちらのことは忘れちゃってる」と思っていた子どもたち(元子ども)が来てくれます。落ち着いて考えると「必然」です。縁の深い人たちに囲まれて、今までの丹誠塾は成立していたのです。
 
 とても深いつきあいの35年でした。子どもたちや私たちの出会いがこんな形でリアルに名簿になることが新鮮で、かつ快感です。

 実行委員の方々、ありがとう。

2013年2月25日
 「松之山温泉」

 フクシマと発病直前にいった宿「千歳」に行って来ました。翌朝、全然箸の進まないフクシマを見て、「これは変!」と確信した2011年10月でした。今回は、そのリベンジ。用心しながら、食事を楽しむことができました。
この週末は大寒波襲来。関越も上信越も一部通行止めとなりました。豪雪の松之山へは我が愛車ラウムが頼り。雪の壁の中をゆっくり進みます。無理せず、大きな道路を選んで行きました。
いつもながらの大好きな器。上品な有田焼が中心。もちろん料理の味、食感のバリエーションが絶妙。朝は塩でいただく納豆が逸品。
鯉こくと並んで、うなったのは鯉の甘露煮。甘辛さが残りません。他のものと全然違います。小骨も気になりません。もちろん臭みゼロ。
部屋の外の氷柱(ツララ)が毎日育ちます。帰る間際にフクシマがパンチしたら、窓の幅全部の氷柱が音をたてて落下。凄い迫力でした。下に人がいたら、アウト。
お昼に行った温泉街のそば屋さん。楽しく話をしていたら、サービスなのか、ジャズをかけてくれました。大きなスピーカーはご主人の自慢の品。
左の渡り廊下を進むと「月見の湯」。今は雪見の湯となっています。ここで、事件発生。あまりの雪景色に魅せられたヤマシタは何度も無人のタイミングを偵察に行き、やっと本懐を遂げ、雪見の湯をパチリ、パチリと撮影。
あまりの美しさに腕を持ち上げて空と雪を撮っていたら、足下がツルリ!
「あれ!」映像は水中撮影みたいになり、浴衣に羽織りの私はお湯の中にいました。手にはipad。「あっちゃー」
事件現場はここ。
部屋で乾かしているところ。もう遅いよね。
 

2013年2月17日
 「発酵サクラ染め」
 昨年の11月から漬けていたサクラを染めました。「ギャラリーしおさい」で一瓶、私の自宅で一瓶、3ヶ月間、重しをして水に漬けていました。それを自宅分は葉っぱを取り除き、液にして移動し、2瓶分をそれぞれ、ギャラリーにて染めました。
 「ギャラリー漬け」は朱い紅葉したものオンリー。友人が拾いました。「私自宅漬け」は茶色、黄色、朱色すべての色のミックスです。武蔵野市役所付近でフクシマが拾いました。最初の液の色は「ギャラリー漬け」が朱く、「私自宅漬け」は茶色でした。白布を入れた直後の色は前者はピンク、後者は黄色です。それが、炭酸カリウムの液に浸けたとたん、前者は黄色に、後者はピンクに変化・・・・。
 不思議、不思議・・・・。乾かしているうちに多少は歩み寄って、前者は煉瓦色に後者は渋いピンクに。友人が前者に少し熱を加えたら、少しピンクの部分が出現。これも不思議。
自宅前で葉っぱと液を分けている作業中。玄関前に3ヶ月ありました。 重しをしていたので、圧縮された葉っぱがたくさんつまっています。 自宅漬けは最初は黄色。ギャラリー漬けはこの段階がピンク。40度くらいで染めます。 こちらは捨てる葉っぱを煮出して染めたもの。ピンクは一切出ませんでした。 自宅漬けに胴裏を染めたもの。参加者の一人が絞りました。 左から、ギャラリー、自宅のカリウム媒染。右の黒いのが鉄媒染。みんなシルクミニストール。

2013年2月15日
 「ネットで文を書くということ」
 もう、10年以上、ネット上で文章を書いて来ました。こんなに長く、続くとは思ってもいませんでした。2年前、子育てを卒業するにあたり、もう書くことはないのかと、コラムを閉じようと思いましたが、性懲りもなく、子育て以外の興味のタネがあると、こうやって続けてきました。
 
 今は、どなたと、何を共有しているのか・・・。時々そんな事を考えています。

 「メール」・・・・出しても返事が無いとき、その存在を認識します。生活上のツールです。
 「コラム」・・・一方的に私が発信するだけなので、返事を想定しない存在です。書きながら、自分の気持ちに気づきます。
 「ブログ」・・・以前に一度、コラムからブログへの移行を考え、試作しました。でも、私の力量では思うように手元に文章が保存出来ないので、断念。それと、申し訳ありませんが、コメントがちょっと負担。
 「facebook」・・・最近、気に入って仲間に入れてもらっています。ルールがまだまだ分からず、疑問符のついたままの部分があります。でも、どうかして、匿名性の少ない、この分野と今のコラムのコラボを考えています。

 というわけで、今、根源的な考察をしています。 「なぜ、私はネットで文を書こうとしているのか・・・。」

2013年2月11日
 「のどかな連休」
 ゆっくり、仕事のない連休を過ごしています。
 主な懸案は駐車場の石・・・。
 学習塾35年、体験活動も多彩に展開しました。水晶採りに化石採り、10年前には糸魚川にヒスイを採りに行きました。挑戦すること計5回。ヒスイもどきはありましたが、ヒスイ成金にはなれませんでした。代わりにMさんからヒスイの原石と思われる庭石をいただきました。大きな蛇紋岩もあります。秩父の奥の方解石、麦草峠の黒曜石、地味なところで沸石・・・・。思い出の数だけ、石がたくさん。それが塾の玄関前に石庭を形成していました。塾移転を前にフクシマの毎週の仕事はそれらの石たちをうちの駐車場に移動させることでした。連休前にやっと、それが終了。
 さて、近所の方々はもう知っている我が家のこと・・・。石ころごろごろの駐車場も驚きません。よくみると輝く水晶があちこちに。黒曜石も黒く光っています。

 この連休は我が家の階段下の極狭いスペースに「石庭」をつくることに費やしました。まずは雑草を抜き、石を置くスペースを作りました。それからは駐車場からの移動です。大きなものは二人で抱えます。車を使うこともありました。とにかく、重い。最後はバケツに玉砂利を移動。移動した石を並べながら「これは糸魚川、これは秩父、これは伊豆?これは多摩川かな?」と石の記憶が蘇ります。不思議と全部覚えています。本当に石の数だけ楽しいことが蘇ります。やはり一番回数が多いのが水晶です。たくさんの子どもたちと極上の体験をして昨年閉じた企画でした。あまり、欲張ってリュックで歩けない子どもが続出する水晶採り。帰ってから水洗いすることが楽しみでした。

 我が石庭を見にいらっしゃいませんか?
こんな狭い場所に石を移動。バケツには玉砂利も。メダカの火鉢も健在。 中央には青じそ用のスペースを残している。ミントは抜きました。 こちらはベランダ。昨年いただいた植物は宿根ものは元気。 クリスマスローズ。花屋さんではもう咲いているが、我が家はこんな感じ。 カリフォルニア・ポピー。先週のうららかな日に発芽。このまま育て! 昨年の藍。種を取って、4月に播きます。今年は出遅れないぞ。

2013年2月3日
 「お笑いを一つ」

 先日の蕎麦屋の画像、ご覧下さい。ぼやけて不鮮明ですね。

 私の携帯カメラについてはあきらめていました。友人と同じ染めた布を撮影しても、私の携帯カメラの性能が悪く、ぼやけてしまいます。友人の携帯カメラは性能がいいなとうらやましく思っていました。だから、しっかり写したい時はデジカメを使っていました。
 先日あまりぼやけているので事務所の相談役に「私の携帯カメラ性能が悪いから・・・・」と渡して見てもらいました。もうすぐ4年目を迎える携帯なので、新しいものを考えてもいいかなと思っていました。ところが、携帯を受け取ってカメラをいじった相談役(家電やOA機器のことなら何でも相談にのってくれる人)は「このフィルムが着いているからだよ。」と薄汚れた1p×2pのフィルムをはずして言いました。つまり、携帯を買ってから、ずっとレンズ保存のフィルムを貼ったまま撮影していたようなのです。あっちゃー・・・。
 買い換えないですむから嬉しいですが、いままでの不便、不満足を思うと、損した気分になりました。おまけにその場に居たオーディエンスにヤマシタのまぬけぶりをたっぷり披露してしまいました。(まあ、そのことは良いのですか・・・・)

 きのうは暖かでしたね。庭に発芽したカリフォルニアポピーを一つ一つ小さな鉢に埋めかえました。今年は好きな場所にオレンジの花を咲かせることができそうです。うまく根付いたら、ここでも画像を報告します。もちろん携帯カメラでとったものを・・・。
この窓に薄汚いフィルムが貼ってありました。 ベランダのハンギング丈夫に育ってます。昨日の暖かさでぐっと成長したみたいです。気のせいかな? 3年目のミニシクラメン。夏の間外に出して、水をあげているだけですが、ずっと毎年咲きます。

2013年1月31日
 「最近の休日」
 木曜日が二人でゆっくりできる休日となっています。イベントや農園が忙しい頃は土日がなかったので、木曜は二人で休むようにしていました。今は比較的土日が休めるので木曜の有り難みが薄れています。
 自宅療養に入ってから、車も小さいものに変え、遠出を控えている二人です。この寒い中、やはり源泉に入りたいので、都内のお湯に出かけています。もう、ずいぶん同じ場所に通っています。板橋の「さやの湯処」は以前も紹介しましたね。露天の源泉が秀逸。また、庭園の演出、食堂の合理的な運営に都会の日帰り温泉の一つの成功例を見ます。最近はメディアの露出が多く、平日も朝一番から混んでいます。はやく、潮が引いて欲しいと願っています。

 木曜日は口開けにこの「さやの湯処」に入って、西荻の「本むら庵本店」に行くことが多いです。ここも老舗の蕎麦屋です。そして「えんつこ堂」に寄って食パンを買って帰るのが定番となっています。
 「本むら庵」はマイ箸持参者にスタンプカードを発行して、シャーベットや金券にかえてくれます。長年マイ箸派のヤマシタとしては大変うれしいサービスです。本わさびを自分ですり下ろしながら、料理を待ちます。蕎麦は絶妙の水分量。出汁は基本的な味付けです。甘からず辛からず・・・。本日はフクシマは牡蠣蕎麦。温かい湯気の向こうからフクシマのうなり声が聞こえます。「う〜ん、うま〜い。」

 お昼のコースは2000円ちょっと。3つの前菜小品、1つのメイン、その後せいろが1枚出て、最後はシャーベットです。私はこれに昼から1合の升酒を一緒に。わさびをすりすり料理を待つのも贅沢な時間です。駐車場たくさんあり、トイレもバリアフリーです。

 「本むら庵本店」、中央線の電車から北側に見えますよ。荻窪と西荻の間です。
「本むら庵は本店のみ」と、お店の方は言います。支店はないそうなのですが・・・。これはマイ箸スタンプカード。 すすたけのマイ箸に自作の箸入れ。どんな小骨も確実につかめる優れものの箸。イタリアンでも、これを出して食べることもある。 「福先最後の授業のお誘い」を息子や娘にもいただきました。実家に来ているので、二人のスケジュールを聞いて、代理で投函します。みなさんもお早めに。

2013年1月24日
 「安眠まくら(メディカル枕)」
 フクシマが最近、通販生活で「安眠まくら」を買いました。
 枕にしては大きめ、あまり厚みはありません。ふわふわ感は少なく、ボリュームはあっさりしています。
 彼は1回試してみて、枕を下げてリビングに来ました。「やっぱ、これだめだわ。腰が痛くなって眠れない・・・・。あなた、試してみたら・・・。」

 そして、この4日間「安眠まくら」で寝てみました。これがいい。なぜかフクシマには合わなかった「安眠まくら」。わたしにはピッタリでした。実は50を越えると深夜、早朝、何度か目が覚めていました。トイレに行ったり、本を読んだりして、なんとか朝まで就寝していましたが、この4日間ぐっすりで、若い頃の「安眠」が戻ってきました。夜中にトイレに1度起きても、再び良い眠りに戻れるのが嬉しいです。最初から寝心地はあまり変わりません。ただ、大きいので安定感があり、薄いので枕を意識しないで寝ています。先日、さっそく代金を送金しました。12,400円なり。これが高いか安いかは、その人次第。

 下に画像を紹介します。

 通販生活はカタログが有料(年間960円)ですが、一見の価値有りです。取り寄せて自分に合わなければ、返品も可能です。フクシマのように合わないで腰痛になるか、ヤマシタのように「安眠」がもどるか・・・・、試してみる価値は大です。ちなみにこの枕の返品率は3%だそうです。
通販やネットショッピングが当たり前になりました。でも、やっぱり実物を見て買いたいですね。 左の文庫本と比べると大きさが検討つきます。ベッドを大きく占領しています。 こんなに薄いのでボリューム感は少し。白いカバーは2枚付いてきます。

2013年1月17日
 「室町 砂場」
 本日は日赤外来の日。やっと血小板が改善し、ステロイドを1mg減らすことができました。二人で喜びました。これが、フクシマの大きな課題なのです。
 良いことがあったので、薬局も終えて、今日は都内に繰り出すことにしました。目指すは「室町 砂場」。

 開店前から年配の方々の列ができる老舗蕎麦屋。あいにく、デジカメを忘れたので、携帯画像です。卵焼きは二人で頼むと半分ずつにわけて小皿に出してくれます。甘めの卵焼きに大根おろし。板わさはわさびが冴えます。蕎麦屋で昼間っから、冷酒をいただく・・・・、こんな贅沢はありません。一品ものを3〜4頼んで、「お蕎麦は後でいいますね」と。ほんの少量でも大きな満足がある品ばかり。最後の〆にお蕎麦。かき揚げと蕎麦がつゆも別々。ヤマシタの希望通りです。う〜ん、こんな店が大好きです。天ぷら蕎麦でつゆにどっぷり浸かった天ぷらが好きな人もいますが、そのつゆで蕎麦を食べたくないのです。

 「室町 砂場」の後は六本木「森美術館」で会田誠展を見ました。まずまず、といったところかな。日曜美術館で紹介していた作品にはちょっと惹かれましたが、他は何だかぴんと来ませんでした。フクシマが「カウンターカルチャーというのかな・・・、パロディーとしては面白いが、それだけかな・・」と言っていましたが、どうも同じタッチに飽きてしまうヤマシタなのでした。一つ、ピンクの小腸の部屋は面白かったかな?

 でも、「室町 砂場」でやめとけば良かったかもしれません。
「室町 砂場」是非、お勧め。神田駅から徒歩5分。 頭がおにぎりの「考えない人」これだけは撮影を許されていた。

2013年1月12日
 「最終号」
 塾通信最終号をお届けしています。厳密に言うとヤマシタ編集による塾の通信が最終となったわけで、これから新しく仕切り直しとなる「塾」の通信がどんな形になるかは、4月以降のお楽しみということです。
 先日20ページの印刷も終了し、ぼちぼち関係者のお手元に届いていることと思います。みなさんからの「フクセンへのたより」が半分以上を占める紙面で、展開される皆さんの言葉が非常に印象的です。生徒、卒業生、保護者・・・・、立場の違いはあれど何らかの形で丹誠塾を自分の歴史に刻んで下さっている方々の言葉です。ヤマシタも最初で最後の「編集後記」を書かせていただきました。
 いつもは最後のページは向こう4ヶ月の月間予定となりますが、この最終号は編集後記と「福先最後の授業のお知らせ」です。この授業は卒業生の実行委員会による企画運営となります。莫大な通信費(35年にわたる全塾生を対象)をまかなうためか、授業料も3000円と設定されています。福島はこの企画を大きな心の励みとして日々授業準備に精進しています。有り難いチャンスを与えていただき、実行委員の方々には心より感謝です。皆さん、3月10日、是非田無市民会館までお出かけ下さい。

 下に紹介するコーヒーカップは鶴岡のコフィアで作られたものです。コフィアは吉祥寺もかの標(しめぎ)さんのお弟子さんの門脇さんが開いている店です。豆の挽き売りをしながら、店内ではコーヒーも飲ませてもらえます。その門脇さんが記念に作ったコーヒーカップです。コフィアのロゴ入りで大倉陶園の作です。このカップで毎朝、福島のいれるコーヒーを飲んでいます。ちょっとした贅沢です。
コフィアの豆で入れたコーヒーは、翌日も液が透き通っています。これが旨いコーヒーの証。 最終号。タイトルの字は西尾氏の母上の手による。昔は赤い色でタイトルを印刷していた。 我が家の庭のロウバイも蕾を持っています。待ちきれずに花屋でロウバイを買いました。部屋に香りが漂います。

2013年1月5日
 「おいしい、お正月」
 今年もよろしくお願いします。
 年末年始は山荘で過ごしました。兵庫県の妹家族と一緒に。大晦日まで仕事だった娘は元旦に合流、息子は年末年始を通して1月3日しか休みが取れないので合流しませんでした。
 おいしいものづくし。
 何より、しきり屋の妹がいるので、台所仕事が楽。生かにのさばきはプロ以上。出刃包丁持参で鍋の準備をしてくれました。鍋のだし汁の中で加熱したかに足を冷ましながら、簡単にくるりっと身をはずします。数回やれば、コツがつかめます。それをちょっとだし汁に再びつけて食べます。一番贅沢なかにの食べ方でしょう。最後の雑炊はう〜ん、超絶品。あまりおいしくて、画像を残すのも忘れるくらいでした。

 お正月に登場するのは、ブルーの酒器です。私が高校2年の修学旅行で買ってきた当時6000円以上する有田焼。おこづかいの最高が5000円までの所、余分に持っていた私は、財布をはたいて購入したもの。それ以後、何も買えず、有田焼だけ持って帰ってきました。それくらい高校生の私を「魅了した酒器」です。

 就職して頼もしくなった姪にIPADの使い方を教わったり、スポーツクラブでバイトしている大学生の姪がマッサージを披露したり、娘の持参したお正月のケーキ「ガレット・デ・ロワ」を切ったりして、楽しい4日間は過ぎました。このケーキは中に人形が入っていて、その部分が当たった人がその年の幸運をつかむと言われています。妹のカット部分に人形が入っていたので、彼女は大喜び。

 2日から大雪になり、雪道運転に緊張しながらも、フクシマも運転をこなしていました。今まで四駆しか知らない雪道でしたが、我が家のラウムはFF。馬力が無いので、坂道を登るコツをつかんだ頃に帰ることになりました。

 2013年もよろしく、お付き合い下さい。 
山荘で元旦のお祝い 妹のさばきによる生かに 軽く出汁の中で加熱
し、簡単に身をはずす
左は私が高2の修学旅行で買ってきた有田焼 姪が娘にマッサージ 吹雪の中で記念撮影

このコラムは2001年1月から続いています。過去の保存版を読みたい方はきのこをクリックして下さい。
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    02/01/12〜02/07/16
    02/07/24〜03/03/06
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